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「おはようございます!わ、可愛いですね!」
柴犬を散歩させているおじいさんと朝の挨拶。
「お、楓ちゃん、またお店に行くからね」
「はい、待ってますね」
アルバイト先の雑貨屋さんまでは歩いて向かう。
雑貨屋さんといっても、都会にあるおしゃれ雑貨とは少し違って、日用雑貨がたくさん置いてある。
だからお客さんの層も広い。
今日はとてもいい天気だ。見上げたら空は青く深い。
➖この空の上にいるのかな、典子…どうしちゃったのかなぁ?➖
思い出せば典子との出会いは、子どもの幼稚園のママ友からだった。
クラスの保護者会の集まりで一緒になって、やりたくもない役員に選ばれて(くじ引きという古典的な選出方法で)、それでも彼女は嫌な顔一つせずにこなしていたっけ。
「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?テキトーでさ」
手を抜く私に
「私は専業主婦だし、時間ならあるから大丈夫よ」
そう言って笑っていた。
続けて
「お前は専業主婦なんだから、家のことと子供のことをしっかりやってくれればいいからってダンナさんに言われてるの」
「えーっ、うらやましいな。私も専業主婦になりたい!旦那の稼ぎがもう少し有れば、それもできるんだけど…」
典子のご主人は、典子より一回り年上で大きな会社の課長さんだと言っていた。
チラッと年収の話になったとき、軽くうちの2倍はあると計算したのをおぼえている。
「でもね、楓さん、専業主婦は言い訳ができないのよ、そこがつらいとこ。頑張ってもお給料みたいに目に見える成果があるわけでもないしね」
保護者会のプリントを配るその指先に、綺麗なネイルがされていたことに気が取られて、その時少し寂しそうにしていたことを見落としていた。
➖成果が見えないのは、確かにキツイかな?誰かにほめてほしいもんね➖
今頃になってそんなことを思い出す。
あの時は、単純に自分が働かなくても生活できるというタダそれだけがうらやましかったんだと気づいた。
それからもずっと、典子は専業主婦だった。
➖最近は直接会って話すこともなかったなぁ。最後のやり取りっていつだっけ?➖
典子とのLINEを思い返してみる。
「おはよう、楓ちゃん」
不意に話しかけられて我に帰る。
「あっ、いらっしゃいませ、今日は何をお探しですか?」
もう仕事は始まっていた。
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