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死因…由実子目線
「こんばんは!」
柔らかな萌黄色の暖簾をくぐって、お店の中へ入る。
入り口には【ゆらぎ】と流れるような文字でお店の名前が入った小さな行燈があり、柔らかな灯りはこのお店がほっとくつろげる場所であることを教えてくれた。
「いらっしゃいませ」
カウンターには、和服に割烹着を着た女将。
ここは女将が1人で切り盛りしていて、6人までしか入れない小さなお店。
女将は、いつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。
「遅いよ!由実子」
いつもは遅刻気味の楓が今日は珍しく早い。
「ごめんごめん、ちょっと寄るとこあってさ…あ、もうみんな集まってたんだ」
カウンターを囲むように、すでに4人揃っていた。
最後に到着した由実子が、座る席を考えていた。
角を曲がって一番奥がいつもの由実子の席。
だけど、そこに座ると…
「ここでいいんじゃない?今夜は典子はいないんだから、詰めちゃお!」
手招きしたのは澪。
黒髪をきっちりカットした整ったボブが、澪の色の白さを際立たせている。
「うん、そうしなよ」
藍子。長い髪をクルンとまとめて器用にアップにしている。
うなじに色気を感じるのは、やはりたくさんのボーイフレンドがいるからか。
「早く席についちゃって!」
ゆるやかなウェーブの髪をバレッタで留めて、真面目な委員長のような口ぶりの詩織。
➖そうするかな?典子の席、座るね➖
「みなさん、お揃いですか?」
蒸しタオルのおしぼりを出してくれる女将。
「そうです、じゃあ素子さん、お願いします」
みんなを仕切っているのは詩織。
女将は、ビールの栓を抜き、みんなの前に出した。
女将は多分私たちと同じくらいの年代、なのに女将と呼ぶのはなんだかね、ということでみんな素子さんと呼んでいる。
一通りグラスにビールが行き渡った。
「じゃ、久しぶりに乾杯?」
澪が言う。
「違う、今夜は典子への、献杯」
「「「献杯」」」
小さくグラスを傾けた。
女将が、え?と首を傾げる。
「あ、この席にいた典子、最近、亡くなったんです。だから今日はみんなで典子を偲んで集まったという感じで」
「そうでしたか…」
つきだしを並べ終わると、女将は奥へ入って行った。
「ね、それでいつなの?典子が死んだのは」
ビールをコクリと飲みながら藍子が聞く。
「2週間くらい前の金曜日」
「どこで?」
「自宅の寝室」
「え?そうなの?」
楓も聞いてくる。
➖話してもいいかな?典子…➖
「ここにくる前に、典子の家に寄ってきた。もう少し典子のことを知りたくて。ご主人に会ってきた」
今さっき、典子のご主人から聞いた話を、みんなに話し始める。
その時奥から、小さな一輪挿しに桔梗の花をいけて女将があらわれた。
「せめてお花を…裏の花壇に咲いていたものですが…」
そう言うと、一つだけ空いた席に一輪挿しを置いた。
みんな、一輪挿しとそこにいたはずの典子を見た。
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