1. 第一部 

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 それは、僕が小六の大晦日の日だった。緊急事態が起こった。 依頼が重なり、年の瀬ですぐにアルバイトもつかまらず、簡単な仕事の方を僕に頼むしかなかったようだ。叔父さんは初めて、副業の探偵の話をした。 僕が頼まれた仕事は、ある年配の一人暮らしの女性の家にモンブランを三つ、届けるというものであった。 一人暮らしなのに三つのモンブラン。僕は来客のための出前だろうかと漠然と考えていた。叔父さんからは、モンブランが三つ入った有名なケーキ屋の箱を渡され、バスで隣町のその女性の家に行くように言われただけであった。 叔父さんは、わざと詳細を言わなかったわけではない。年末の駆け込み離婚の浮気調査を3件抱えていて、詳しく説明する時間がなかったのだ。 言われた通りバスに乗り僕は、女性宅に向かった。バスに乗ること三十分。大晦日だからか、いつもより空いていた。楽に座れたので、膝の上にケーキの箱を水平に保つよう注意深く持っていた。足元の暖房で溶けないかが心配だった。 目的地のバス停で降り、そのすぐ目の前の高層マンションを見上げた。ここの二十二階が目指す場所であるが、パッと見た感じで最上階だと推測できた。お金持ちのおばあさんなのかな……。   僕は紫がかった白髪の、ふくよかなおばあさんが優しそうに微笑んでいる姿を想像した。 マンションのエントランスに入り、インターフォンで部屋番号を入力し呼び出す。心なしか手が震えていた。
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