あたしから、妹へ。

1/7
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 プシュ。  プルタブを引っ張れば、缶ビールが空気を吸い込む。入り込んだ酸素や不純物ごと、あたしは喉に流し込んだ。 「ぷはーっ」  風呂上り。すっぴん。グレーのトレーナー。胡坐。何本も開けた缶ビール。食べかけのつまみはするめいか。  ワイン片手にチーズとか、おしゃれな酒飲みじゃない。  色気がなくて、おっさん臭すら漂ってるあたし。我ながらヤバいと思うけど、改善する気はなかった。  缶ビール片手に、耳の後ろに埋め込んだインプランタブルデバイスを起動する。  埋め込み式のチップを嫌って、いまだに旧遺物のスマホやパソコンを使う人も多いけど、あたしは抵抗ない。むしろ便利。  だって手を使う必要ないし。頭の中だけで操作完了ってすごく簡単よね。スマホが手放せない勢はそれが怖いらしいけど。  グビリ。缶のおしりを上に傾けて、苦味と泡の爽快感をのどに流し込む。  開いたのは普段利用してるSNSアプリ。ほどなくして、あたしの脳内をSNSという情報の洪水が際限なく流れた。  美味しそうなグルメ、馬鹿話がひゅんひゅんと通りすぎていく。その中に紛れるラブラブな男女の写真。あたしと同年代の人の子育てエピソード。幸せそうな夫婦ののろけ話。  階段で缶飲料を飲む初々しいカップル――。  この子たち、妹と同じくらいの年だな。  きゅっとあたしの胸の柔らかい部分が締まった。  小さな頃から愛されるのはカワイイ妹。  勉強して、お手伝いをして、いいお姉ちゃんをして、一瞬だけでも両親にこっちを向いてもらうために生きてきた、あたし。  あー、なんだか湿っぽい。  湿気を吹き飛ばそうと、もう一口。飲もうとして、空だと気が付いた。新しく開けようとテーブルの上に目をやれば、いつの間に飲んだのか全部プルタブが開いている。  冷蔵庫にまだあるかな。  冷蔵庫との連携アプリで中身を確認。在庫はゼロ。無意識に消費していたのは時間だけじゃなかったらしい。  あーあ。缶ビールは空っぽ。つまみのするめいかは袋の底に数本へばりついてるだけ。その数本っていうのが、余計に虚しい。 「はぁ」  ゴロリ。  あたしは後ろに体を投げだした。毛足の長いラグに吸収されて、ゴトンと後ろ頭が鈍い悲鳴を上げる。省エネモードだったカーペットが、あたしの体を検知して温度を人肌モードに設定してくれる。ありがとう、AI。  あたしは寝転んだまま、とりあえず缶ビールを注文した。明日は休日。午前中に病院行くから、ビールは午後からの指定にしておこう。昼から部屋の掃除して、おかずの作り置きして。  寝転んで明日の予定を立てていたら、着信音が流れる。妹だ。デバイスの電話に出るを選択すると、妹と繋がった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!