5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
プシュ。
プルタブを引っ張れば、缶ビールが空気を吸い込む。入り込んだ酸素や不純物ごと、あたしは喉に流し込んだ。
「ぷはーっ」
風呂上り。すっぴん。グレーのトレーナー。胡坐。何本も開けた缶ビール。食べかけのつまみはするめいか。
ワイン片手にチーズとか、おしゃれな酒飲みじゃない。
色気がなくて、おっさん臭すら漂ってるあたし。我ながらヤバいと思うけど、改善する気はなかった。
缶ビール片手に、耳の後ろに埋め込んだインプランタブルデバイスを起動する。
埋め込み式のチップを嫌って、いまだに旧遺物のスマホやパソコンを使う人も多いけど、あたしは抵抗ない。むしろ便利。
だって手を使う必要ないし。頭の中だけで操作完了ってすごく簡単よね。スマホが手放せない勢はそれが怖いらしいけど。
グビリ。缶のおしりを上に傾けて、苦味と泡の爽快感をのどに流し込む。
開いたのは普段利用してるSNSアプリ。ほどなくして、あたしの脳内をSNSという情報の洪水が際限なく流れた。
美味しそうなグルメ、馬鹿話がひゅんひゅんと通りすぎていく。その中に紛れるラブラブな男女の写真。あたしと同年代の人の子育てエピソード。幸せそうな夫婦ののろけ話。
階段で缶飲料を飲む初々しいカップル――。
この子たち、妹と同じくらいの年だな。
きゅっとあたしの胸の柔らかい部分が締まった。
小さな頃から愛されるのはカワイイ妹。
勉強して、お手伝いをして、いいお姉ちゃんをして、一瞬だけでも両親にこっちを向いてもらうために生きてきた、あたし。
あー、なんだか湿っぽい。
湿気を吹き飛ばそうと、もう一口。飲もうとして、空だと気が付いた。新しく開けようとテーブルの上に目をやれば、いつの間に飲んだのか全部プルタブが開いている。
冷蔵庫にまだあるかな。
冷蔵庫との連携アプリで中身を確認。在庫はゼロ。無意識に消費していたのは時間だけじゃなかったらしい。
あーあ。缶ビールは空っぽ。つまみのするめいかは袋の底に数本へばりついてるだけ。その数本っていうのが、余計に虚しい。
「はぁ」
ゴロリ。
あたしは後ろに体を投げだした。毛足の長いラグに吸収されて、ゴトンと後ろ頭が鈍い悲鳴を上げる。省エネモードだったカーペットが、あたしの体を検知して温度を人肌モードに設定してくれる。ありがとう、AI。
あたしは寝転んだまま、とりあえず缶ビールを注文した。明日は休日。午前中に病院行くから、ビールは午後からの指定にしておこう。昼から部屋の掃除して、おかずの作り置きして。
寝転んで明日の予定を立てていたら、着信音が流れる。妹だ。デバイスの電話に出るを選択すると、妹と繋がった。
最初のコメントを投稿しよう!