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『久しぶり、お姉ちゃん』
通話が繋がったことで映像も繋がる。
高度を低くした太陽がやけに眩しく白い光を放つ、水色に藍が交じりつつある空。そして電柱。馴染みのある光景だ。妹の通学路であり、あたしも通った道。だけど肝心の妹が見えない。
「今どこにいるの。映ってないよ」
『あ、ごめんごめーん』
ぱっと映像が下に動く。
今度はちゃんと妹が映りこんだ。茶色いショートボブにセーラー服姿の妹。白い肌に桜色の唇。茶色の大きな瞳。丁度こっちを振り向いたところで、髪がふわっと浮いていた。
あれ、なんだか。上手く言えないけど、いつもより儚い……。
あたしは自分の安アパートじゃなくて、妹と同じ道に立っていた。
通話は全てVRで繋がる。360度、3Dの広い仮想空間だ。
なのになぜか妹がいるのは、かなり端っこなんだけど。設定ミスかな。
『もーお姉ちゃんったら、辛気臭い顔しちゃって』
「うるさいなぁ。あんたこそどうしたの、なんだか」
消えそうな顔してるよ……。
続く言葉は飲み込んだ。
言葉にしてしまったら、本当になりそうな気がして。
『えへへ。デートのお誘いにきましたーー!! ね、お姉ちゃん。今日は私に付き合ってよ』
妹の姿が消えて、脳内いっぱいにボタンの映像が現れる。
『じゃーん!』
白いチープな本体に真っ赤なボタン。本体に書いてある文字は『押すな!』。黄色の背景にも『危険』『Danger』『押すな!』と、反対の行動を促すお約束を猛アピールしている。
「なにこれ」
『新しく私が作ったVR。お姉ちゃんと一緒に遊ぼうと思って』
シュン。効果音と一緒にボタンの映像が小さくなって左上の隅に移動。映像の裏側から再び妹が現れる。ああ、これのために端っこにいたのか。
呆れていると、昼夜の曖昧な空をバックに妹が、悪戯っぽくあたしを眺めてきた。
『ね、押して押して!』
ギュンッとボタンの映像が前に出てくる。
元気いっぱいな明るい声。期待に満ちた瞳。そこにはさっきまでの儚い雰囲気はない。
よかった。いつもの妹だ。
「しょうがないなぁ」
あたしはほっとして、ボタンを押す。ポチッという間抜けな音がした。
注文した缶ビールは明日まで来ないし。明日は休日だし。可愛い妹の遊びに付き合うのは、子供の頃からだもの。お安い御用。
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