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あたしはクッキーをかじる。さくっと歯に伝わってから、口の中でほろりと溶ける。広がるのは素朴な甘さ。
「くまたんのはちみつクッキーだぁ」
本の中のクッキーが美味しそうで美味しそうで。妹と二人食べてみたくて仕方がなかった。お母さんが焼いてくれたクッキーも、色んなお店で買って帰ってくれたクッキーも。何かしっくりこなくて、妹と一緒になんでだろうって首をひねってた。
このクッキーは想像してた通りの味。高級すぎず、固すぎず、バターがききすぎず、ほろっとサクッとしたクッキー。
「美味しいでしょ! 設定に苦労したんだから」
「ふふっ」
えっへんと胸を張る妹がおかしくて、吹き出した。だってその仕草、小学校の頃からちっとも変わってないんだもの。高校生の妹がやるとおかしい。
――ほんと、おかしい。
それからあたしたちは手を繋いで、本の仮想世界を楽しんだ。
シンデレラのガラスの靴を履いてみたり。白雪姫の小人たちのベッドにもぐりこんでみたり。
ドラゴンの側にもいってみた。そしたら気さくに話しかけられた。何の本だったかうろ覚えだったけど、妹もやっぱりうろ覚えだったらしい。好きに設定したんだそうだ。
「ね、最高のデートコースでしょ?」
「うん、ありがとう。最高だった」
個人仮想空間のカスタマイズは自由自在。素人でも簡単に出来るよう、プログラムも改良されてる。社会人のあたしと違って、妹はいくらでもVRに時間をかけられる。だけど、これだけの空間を作り込むのは大変だっただろう。
「いいのいいの。お姉ちゃんにはお世話になってばっかりなんだから」
「やだ、急に。どうしたの」
笑いながら聞いたら、繋いでいた手がするりと離れた。
「お姉ちゃんってさ、私のせいであんまり遊びに行けなかったし、彼氏も作らないでいるじゃない」
「彼氏は作らなかったんじゃなくて、出来なかったんだって」
後ろで手を組んで、スキップするように先を行く妹。妹の前方で森が開けた。まばらに生えた木は、林だ。
映林の辺り一面に咲き乱れる彼岸花。黒い幹をさらす木々。上空には白い光が輝いている。光に溶けそうな、木々の葉。彼岸花の下から覗く葉の緑。
綺麗だった。
とても幻想的で、美しくて。胸がつまった。
「綺麗。すごいね、これも作ったの?」
雰囲気に呑まれてしまわないよう、あたしは明るい声で妹に聞いた。
「うん。すごいでしょ。私、ここでだったら一人で何でも出来るんだから! お姉ちゃんに世話を焼いてもらわなくてもいいんですよーだ!」
あたしの前をスキップする妹が、肩越しに振り返って、べーっと舌を出した。
「生意気!」
「あはははは!」
拳を振り上げたら、走って逃げる。追いかけるけど、相変わらず逃げ足が速い。
現実だったら絶対に負けないのに。
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