あたしから、妹へ。

4/7
前へ
/7ページ
次へ
 あたしはクッキーをかじる。さくっと歯に伝わってから、口の中でほろりと溶ける。広がるのは素朴な甘さ。 「くまたんのはちみつクッキーだぁ」  本の中のクッキーが美味しそうで美味しそうで。妹と二人食べてみたくて仕方がなかった。お母さんが焼いてくれたクッキーも、色んなお店で買って帰ってくれたクッキーも。何かしっくりこなくて、妹と一緒になんでだろうって首をひねってた。  このクッキーは想像してた通りの味。高級すぎず、固すぎず、バターがききすぎず、ほろっとサクッとしたクッキー。 「美味しいでしょ! 設定に苦労したんだから」 「ふふっ」  えっへんと胸を張る妹がおかしくて、吹き出した。だってその仕草、小学校の頃からちっとも変わってないんだもの。高校生の妹がやるとおかしい。  ――ほんと、おかしい。  それからあたしたちは手を繋いで、本の仮想世界を楽しんだ。  シンデレラのガラスの靴を履いてみたり。白雪姫の小人たちのベッドにもぐりこんでみたり。  ドラゴンの側にもいってみた。そしたら気さくに話しかけられた。何の本だったかうろ覚えだったけど、妹もやっぱりうろ覚えだったらしい。好きに設定したんだそうだ。 「ね、最高のデートコースでしょ?」 「うん、ありがとう。最高だった」  個人仮想空間のカスタマイズは自由自在。素人でも簡単に出来るよう、プログラムも改良されてる。社会人のあたしと違って、妹はいくらでもVRに時間をかけられる。だけど、これだけの空間を作り込むのは大変だっただろう。 「いいのいいの。お姉ちゃんにはお世話になってばっかりなんだから」 「やだ、急に。どうしたの」  笑いながら聞いたら、繋いでいた手がするりと離れた。 「お姉ちゃんってさ、私のせいであんまり遊びに行けなかったし、彼氏も作らないでいるじゃない」 「彼氏は作らなかったんじゃなくて、出来なかったんだって」  後ろで手を組んで、スキップするように先を行く妹。妹の前方で森が開けた。まばらに生えた木は、林だ。  映林の辺り一面に咲き乱れる彼岸花。黒い幹をさらす木々。上空には白い光が輝いている。光に溶けそうな、木々の葉。彼岸花の下から覗く葉の緑。  綺麗だった。  とても幻想的で、美しくて。胸がつまった。 「綺麗。すごいね、これも作ったの?」  雰囲気に呑まれてしまわないよう、あたしは明るい声で妹に聞いた。 「うん。すごいでしょ。私、ここでだったら一人で何でも出来るんだから! お姉ちゃんに世話を焼いてもらわなくてもいいんですよーだ!」  あたしの前をスキップする妹が、肩越しに振り返って、べーっと舌を出した。 「生意気!」 「あはははは!」  拳を振り上げたら、走って逃げる。追いかけるけど、相変わらず逃げ足が速い。  現実だったら絶対に負けない(・・・・)のに。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加