仕事のことが頭から離れない

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 昼食時。食堂ホールに集まった入所者を前に、職員は日替わりで話をすることになっている。身近な話やニュースの話題など、なにを話してもいい。今日の当番は私だった。  ホールはやけに騒がしかった。目の前に座る江村のおばあちゃんが手拍子を打ち、歌っていたからだ。  学校で習うような歌だ。故郷(ふるさと)を懐かしむ、なんて歌だったかな。  そんなことを考えながら、 「今日は何の日でしょう。江村さん、わかる?」  歌を止めてもらおうと、江村のおばあちゃんに呼びかける。だが、耳が遠いせいか、まるで止める気配はない。  ホールをぐるりと見回す。食卓テーブルには昼ご飯がトレーに載せられ、置かれている。早くしないと冷めてしまう。  内心焦りながら、今度は、誰ともなく訊ねる。 「11月23日。今日は何の日でしょ? わかる人?」  誰でもいいから早く返事してくれ。イライラした感情が湧いてくる。  入所者はみなポカンとした顔で私を見ている。  なんだか私ひとりが叫んでいるみたいで、だんだん顔が火照ってくる。インフルエンザ対策でマスクをしているせいもあり、最悪なことに眼鏡まで曇ってきた。 「村上さん、声が小さい!」  川奈主任の凛とした声にホールのざわめきは一瞬で消える。抜群の破壊力。私にはないものだ。 「もっと声を張って!」 「は、はいっ」  私は鞭で打たれたような声を発すると、江村のおばあちゃんの耳元で声を張った。 「11月23日。今日は何の日?」 「ひ、ひいい」  江村のおばあちゃんがのけぞるように悲鳴をあげた。 「ちょっと、なにしてるの! もういいから、お食事をはじめてください」  川奈主任が駆け寄った。「江村さん、そんなに怖がらなくても大丈夫よ」  不満を呑み込みながら、私は担当する入所者のテーブルの食事介助に入った。
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