十九歳のあの時

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次によっちゃんに会ったのは、またいつもの廊下の、自販機の前だった。 私はペットボトルのB.B.レモンにするか、缶のセブンナップにするか、紙パックのイチゴミルクにするか悩んでいた。 「おだんごちゃん」 声がして振り向くとよっちゃんだった。首元が少し伸びたふわふわした黒いニットを着ている。痩せてるからそういう服も男の人なのに似合っていた。 あの頃は心の中でお兄さんからよし君さん、って呼んでたと思う。 「あ、こんにちは」 頭を下げて、また私は自販機に向き直った。 「何飲むの?」 よっちゃんは私の横に並んで立った。横を向くとちょうど彼の顎先が見えた。別にこの人はイケメンでもないのに、横顔がきれいだって思うのはどうしてだろう。 「……悩んでます。もう十分くらい」 隣でよっちゃんが噴き出した。 「全部飲んだらいいじゃん。どれ?どれが飲みたいって?」 怒ったり笑ったり忙しい人だなあ。いつもは無表情なのに。 そう。私はいつの間にかよっちゃんを見つけると目で追っていた。ステージでの演出や映像のスタッフだと知って、その場所に目を向けると大体よっちゃんがいたから。 「今一番はイチゴミルクです。次はセブンナップ。だけど缶だから一気に飲まないといけないから諦めます。いつものB.B.レモンにします」 「じゃあさ、イチゴミルクとB.B.レモン買いなよ。俺もちょうどセブンナップ飲みたいから、それ半分こな」 よっちゃんはさっさとセブンナップを買ってしまった。 「紙コップとか持ってるんですか?」 「そんなわけないだろ?面白いこと言うなあ。はい、買った買った」 押し売りみたいにして、よっちゃんは私を自販機に押しだす。イチゴミルクとB.B.レモンを買った。 「はい。これ飲んで。好きなだけ飲んで余ったらちょうだい」 よっちゃんはプルタブを開けて、セブンナップを渡してくる。 「え? いいです!」 私は必死で固辞した。 「おだんごちゃんは頑固ちゃんだなー」 おだんごちゃんもいい加減恥ずかしい。今日はお団子にしてないよ。 「あの、茉優です。高瀬茉優って言います」 「あ、まゆちゃんって言うんだ。俺は長束頼和」 ながつかよりかず。やっぱりあの時見た名前で合ってたんだ。 私達は中庭に出てベンチに座った。結局私はセブンナップはもらわずにイチゴミルクを飲んだ。 「うわっ!つめてえ!」 真冬にソーダは冷たいと思う。もしかして私が悩んでたから買ってくれたのかな、より君さんは別に飲みたくなかったのかも、と思った。 「長束さんは、大学何年生なんですか?」 「俺? 今三年。茉優ちゃんは?」 「一年です」 「だと思った」 そう言ってよっちゃんはクスクスと笑った。 「あのさ、クリスマスイブの日、暇だったら友達とおいで」 一枚のフライヤーを取り出して渡してくれた。お洒落なデザインのそれは、 「クリスマス・パーティー?」 「うん。大学の有志でやるんだ。俺の名前言えばチケ代無しですぐ入れるから」 「え、でも……タダじゃ申し訳ないです」 「それより人が来てくれる方が嬉しいから。友達とでも彼氏とでもおいで」 「か、彼氏は……いません!」 何でそんなことをわざわざ言ったのか、自分でもよくわからなかった。余計な情報だよ! 「えー? そうなん? 茉優ちゃん彼氏がいるからそんなに堅いのかと思ってた」 私を覗きこんで、またよっちゃんは笑った。 揶揄われてる。私は何だか恥ずかしくなった。 「あ、あの、もう私行かないと!」 「お、そっか。じゃあ時間があったら遊びに来て。じゃあな」 立ち上がった私に、よっちゃんは笑って手を振った。 行こうか行くまいか悩んだけど、専門学校の友達のケイちゃんを連れて、クリスマス・パーティーに行った。港にある貸し倉庫が会場になっていた。 「あの、長束さんの知り合いなんですが」 受付の人にそう言うと、 「長束??……あ、ヨリか! おい! ヨリ、女の子たち来てんぞ!」 大声で受付のお兄さんがよっちゃんを呼んだ。音楽が鳴ってるし聞こえないと思うけど。 「入っていいよ。ヨリ、あそこにいるから」 お兄さんが指さした向こう側によっちゃんがいた。いたけど、見た目が全然違う。髪をセットして、ジャケットを羽織っていた。 ぼさぼさじゃない! ふわふわでもない! ボンヤリしてる間に、手の甲にハンコを押されて、私はケイちゃんと倉庫の奥に入った。 「ねえ、茉優、どの人?」 「あの、ジャケットの人。髪の横を撫でつけてる……」 「えー?あんな人うちの学校に来てるっけ?そこそこかっこいいじゃん!挨拶しに行こ!」 ケイちゃんは積極的な子だから、ショートカットの耳に揺れるピアスをキラキラさせて、物おじせずによっちゃんに向かって行く。 「ほら、こんばんはって言いなよ!」 「長束さん、こんばんは」 ケイちゃんに無理矢理言わされた私の声を、よっちゃんは気付いてくれた。 「おー、茉優ちゃん。いらっしゃい」 「友達のケイちゃんです」 「こんばんは!」 こんばんは、とケイちゃんに挨拶した後、よっちゃんは私の頭を触って言った。 「今日はお団子が二つなんだな」 「あ、触ったら崩れるから駄目です!」 首を縮め、両手で頭を守ろうとした私の手によっちゃんの手が触れた。 「あーごめん、どうなってるか見たかったから。じゃあごゆっくり」 私には目を合わせず、ケイちゃんにニコッと笑ってよっちゃんは人ごみに紛れた。 「あーあー。何やってんの茉優」 「何が?」 「素直に撫でられとけば良かったのに」 呆れ顔でケイちゃんが私を見る。 「長束さんのこと、嫌いなの?」 「嫌いじゃ、ないけど……」 「そんなんじゃ、いつまで経っても彼氏できないぞ~?」 ケイちゃんが私のおでこをコツンと指でさした。
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