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再出発
こんな時は一限の講義を選択したことを後悔する。
十月初めの金曜日、電車に乗り込んだ乗客の群れに押された翼は車両ドアに背中を預けたまま、胸元に寄せていた左手のペンタブの画面を確認した。
自由にできる空間が一気に狭くなった。
固定していた手首に鈍い痺れを感じた。イラスト作成用のペンタブは小型で重さも五百グラム程度だが、さすがに片手で長時間支えていると負荷もかかる。
(……しょうがない)
電車が発車し、翼は作業を再開した。
なんとかスタイラスペンを動かす。画面の中で佇む少女の色を整え、仕上げのエフェクトをかけていく。今だけでも、あのことを考えないでいたかった。
「……」
可愛いすぎるだろうか。雰囲気が甘すぎて逆に引かれるだろうか。女性が見てもいやらしさを感じず綺麗と思えるだろうか。
(……ダメだ)
余計な思考が邪魔をする。
男のくせに少女漫画みたいな絵を描くんだなという偏見、狙い過ぎてるという最近のフィードバック、何かイタイという刃のようなSNSのコメントが浮かび上がっては、刺さる。
(俺はこれくらいがいいと思うんだけどな……)
ひと息つき、目を休ませようと顔を上げる。
すると、右に誰かの視線を感じた。
熱い好奇心に満ちた目がじっと自分を見上げてるような……
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