林檎がさいご

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林檎がさいご

 食べる。  と、云うのは、体内に入っていいよ、あなたは私に害を及ばさない、信じてる、と云うこと。  最大の愛と云うこと。  私はかつて林檎しか信じてなかったんだ。  智恵の実だから、と、信じてた。  けれどもそれは、林檎以外何も信じてなかった歪な私。  それが自分の味を知って、父さん母さんにこれ作って、と、初めておねだりができた。  お料理をごはんをおやつを、これ作って、て、お願いするみたいに。  自分を食べることは自分を信じたこと。  私を作ってくれた父さん母さんを信じたあかし。  なんて、深い思いやり。  大好きよ私。  愛してる私。  ありがとう、生きたねもう充分だね。  いじめてごめんね。  私はやっと私の檻から抜け出せる。  痩せた体を維持したい、脅迫的なそんな思いから解放される術。  そう、死んじゃえばいい。  体を捨ててしまえばいい。  食べるのもイヤ、エンシュアも点滴もイヤ。  こんな思いで生きるのが、もうイヤ。  ありがとう、父さん、母さん。  もう助けなくていい苦しまなくていい。  ここにも世界中にも、沢山居るかわいそうな私を癒やしてあげて。  さようなら。  愛してる、ずっとずっと。  青空がことさら透きとおった晴れた日のこと、サクラは召された。  そうして結局、自殺まがいに死んだ少女に転生はゆるされなかった。  が、転生のかわりに、同じ病に苦しむ子らにあたたかい手をさしのべる役目をおおせつかった。  なんらかの大いなる存在より。  ヒトとしての原罪を最大に犯しつつも、生きる勇気をふるった日々が評価された。  もう命をないがしろにしない約束とともに、サクラは静かに巡る。  母なる星とともに、次の子らを励まし続ける。  地球は綺麗。  ヒトも綺麗。  命が綺麗。  たとえどんなに愚かでも、子孫を育む連鎖を止めず、傷を病を癒やし続ける愛の心は地球に満ち、大気に浸透し宇宙の星々の輝きとなる。  サクラはたくさんの自分だった魂とも一緒だった。  食べていいのよ、と。  生きていいのよ、と。  おだやかに命に語りかけ続ける。  いつか地球が、宇宙に還るその日も越えて。
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