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一馬さんには彼女がいないはず。いるなら、私を利用しなくてもいいわけだし。
そう解釈して、私はキッチンへ戻った。
「なゆさん、兄貴といつ籍入れるの?」
食器棚から洋皿を取り出していると、ハルくんが後ろから声を掛けてきた。
「それは……まだ決まってなくて」
しどろもどろになりながら私は答える。
「兄貴、なゆさんのこと褒めてたよ。素直な子だから、いい奥さんになりそうって」
「そう、かな。そうだといいな」
私の笑顔はたぶん、引きつっているに違いない。
私と一馬さんを心から祝福してくれているハルくん。彼を騙していることに、罪悪感を覚え始めた。
「そろそろ兄貴が帰ってくる頃だよ。それまで居るでしょ。何だったら一緒にカレー食べていけば?」
気を利かせたハルくんは、そう提案してくれる。
「うん……、そうだね」
後片付けをして、エプロンを外したとき。
ちょうど玄関の方でドアの開閉される音が聞こえた。
「あ、帰ってきたみたいだね」
リビングの扉を開け、ハルくんと廊下に出ると。
トタトタ、と小さな足音が駆けてくる音がした。
その音はハルくんが出入りしていた一番奥の部屋からで──
「パパ、おかえりー」
3歳くらいの小さな女の子が私の腰元を通り過ぎ、一馬さんに駆け寄っていく。
「……ただい、ま」
「いい匂いがしたから、お腹が空いて目が覚めちゃった」
満面の笑顔の女の子に抱きつかれ、靴を脱いでいた一馬さんの顔が引きつった。
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