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「じゃあ、今度ハンバーグ作ってよ」
どんな難題を出されるか内心ドキドキしていたのに、拍子抜けするほど簡単な、可愛いお願い。
「そんなことでいいの?」
「うん、兄貴たちにリクエストしても、滅多に作ってくれないんだ。冷凍餃子やレトルトのカレーが多いし……」
一瞬寂しげな瞳をしたあと、
「絶対作りに来てね。約束だよ」
真剣な顔つきをしたハルくんは、細い小指を私の小指に絡めて指切りをしてきた。
ということは、まだこの家に通わなければいけないわけで。
私は一体いつまで婚約者のフリを続けなければいけないんだろう。
本当にこのまま一馬さんのお嫁さんになってしまったりして。
そうしたら、ハルくんは義理の弟に……?
都合のいい妄想を繰り広げているうちに、カレーライスがいい具合に煮込み上がり、食欲のそそられる匂いが家の中へ充満し始める。
シーザーサラダも作り、ハルくんの分をお皿に取り分けていたとき。
ふとリビングの方へ視線を向けた私は、ローテーブルの下に何かが落ちていることに気づいた。
ハルくんは自分の部屋にでも行ってしまったのか姿を消している。
足音を立てないよう静かに近づくと、毛足の長いラグマットの上に落ちていたのは、手のひらサイズの白いクマのぬいぐるみだった。
──男3人暮らしの家に、愛らしいぬいぐるみ?
誰かの彼女が忘れていった物だろうか。
誰かって、ハルくんか拓馬さんしか考えられないけれど。
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