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「ハル……、頼んだよな、部屋で寝かせといてって」
「兄貴、もしかしてなゆさんに黙ってたの? それ、普通にサギじゃん。隠すのはよくないと思うよー?」
「もう少し時間を置いてから紹介したかったんだよ」
「なゆさんに逃げられると思ったんでしょー」
私は二人の会話を呆然としながら聞いていた。
……どういうこと?
一馬さんに娘がいたの?
私、そんな話は聞いていないのに──。
「一馬さん……、結婚してたんですか」
強張った顔を隠さず、私は問い詰めるように訊く。
「いや、今は結婚してないよ。半年前に離婚してるんだ」
じゃあ、バツイチ子持ちってことですか……。
「あのお姉さん、だぁれ?」
女の子が不思議そうに一馬さんの足にぎゅっとしがみつく。
「パパの大事なお客さんだよ。一花はハルとご飯食べてなさい」
「はぁい」
ハルくんと女の子……一花ちゃんがリビングへ消え、一馬さんは廊下で小さくため息をついた。
「ごめん、騙す形になって」
「いえ、いいんです。あんな簡単に、話に乗った私が悪いんです。私なんかがホントに結婚できるなんて思ってませんから。失礼します……っ」
リビングへ鞄を取りに戻り、慌ただしくパンプスを履いて玄関を出る。
一馬さんとはもう目を合わせられなかった。
「なゆちゃん──」
扉が閉まる直前、一馬さんの声が聞こえたけれど。
私はそれを振り切ってエレベーターのボタンを押した。
間違えて、好きになりかけたじゃない。
優しくてポジティブな一馬さんのこと。
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