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しかも運悪く、私のいるロビーへスーツの男の人集団がなだれ込んできた。そのせいで足元が見えなくなり、リップの行方がわからなくなる。
きょろきょろと床を見回していると、
「あんたが探してるのって、これ?」
よく通る低い声が降ってきて、目の前にオレンジ色のグロスが差し出された。
「あっ。そうです、私のです! ありがとうございま……す……」
拾ってくれたその人の顔を見上げた途端、私は呼吸も瞬きも忘れて魅入ってしまった。
細身のスーツを着こなした端正な顔立ちの男の人は、綺麗なストレートの黒髪。
やや吊り目がちな瞳は、夜空のように深い色をしていて。私好みの、輪郭がはっきりした大きな目だった。
どこか憂いを含んだ眼差しを向けられ、耐え切れなくなった私は、勿体ないことに視線を下にずらしてしまう。
彼は披露宴に出席した帰りらしく、片手に引き出物の袋を持っていた。
グロスを手渡された瞬間、微かに指が触れ合ってドキリとする。
……今まで一目惚れした人の中で、一番完璧かもしれない。
私の頬は湯たんぽではないのに、なぜこんなに火照っているのだろうか。
彼の隣にいるハニーブロンドの柔らかそうな髪の人も、英国の王子様みたいな雰囲気で素敵だけど。
私は黒髪の人の方が断然好みだった。
もう少しだけ見惚れたい──と視線を上げたとき、その男の人は私の存在を忘れた表情で体の向きを変え、その場を離れようとしていた。
──もう、行ってしまうの?
引き止める方法はないかとあれこれ考えていると、隣の英国風王子様が黒髪の彼に話しかけた。
「拓馬、このあと約束あるんじゃなかった? まだ2次会まで時間あるよ」
失礼だと思いながらも、私はこっそりと聞き耳を立てる。
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