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「ところで、なゆちゃん」
「はい?」
茶色の瞳をじっとこちらへ向けた一馬さんは、どこか甘さを潜めた低い声で尋ねた。
「君、結婚願望とかある?」
「……多少、ありますけど」
多少どころか、結婚は今の一番の夢かもしれない。
結婚さえできれば、最悪、再就職できなかったとしても、何とか生きていけるはず。
「じゃあ──俺と結婚、してみない?」
「…………へっ?」
ミルクティーを飲みかけた姿勢のまま、眼球が飛び出るほど目を見開き、変な声を出してしまった。
こんなに真面目な風貌をして、実は結婚詐欺?
私があからさまに怪しい目で見ていることに気づいたのか、一馬さんは整った顔を崩し苦笑した。
「ごめんね、突然変なこと言って」
残念ながら、好青年なイメージが見事に崩れかけました。とも言えず、私は「いえ」と小さく首を横に振る。
「もしよかったら、なんだけど。就職先が見つかるまで、協力してほしいことがあるんだ」
「協力、ですか?」
私が首を傾げると、一馬さんは困ったように襟足の辺りを掻いた。
「いやぁ、よくある話。親からお見合いをすすめられててさ。その見合い相手、昔からの知り合いで。俺の好みじゃないとは言えず……断りづらいんだよね」
「はあ……なるほど」
確かに、知り合いなら色々と理由をつけないと断りづらいかもしれない。
「なゆちゃんには、結婚を前提として付き合っているフリをしてもらいたいんだ。もちろん、それなりの報酬は支払うよ」
「具体的に、どうしたらいいんですか?」
「まず、なゆちゃんと俺が一緒に映った写真を、親に送ってお見合いを断る」
写真を撮られるぐらいなら私にもできそうだ。
「あとは、俺の同居人を欺くために、一度だけ挨拶に来て欲しいんだ。……ダメ、かな?」
一馬さんは不安そうに私の顔を覗き込む。
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