第一章 1 『復讐の終わりと始まり』

1/1
前へ
/28ページ
次へ

第一章 1 『復讐の終わりと始まり』

「ルカく〜ん。札駅よってこーよー」    青年——流榎(るか)は女子三人に囲まれながら、放課後の廊下を歩いていた。  ある女子は右腕に抱きつき、ある女子は左腕に抱きつき、またある女子は物欲しそうに順番待ちしている。   「ごめんね、この後用事あるんだ」    流榎の断わりの言葉を受け、三人の女子は唇を尖らせて残念そうな表情を浮かべた。   「……もうちょっとだけダメ? ……あ、東峰(あずまね)さんだ」    一人の女子の言葉により、流榎を含めた三人も前方を見る。  すると、そこには少女が立っていた。  同じ高校の——いや、同じクラスの生徒。  腰まで届くほど長くストレートな黒髪。他を寄せつけない冷めた紫紺の瞳。  薔薇と謳われる美少女が立ち尽くしていた。   「じゃ、ここでお別れかな」    流榎は東峰を発見したと同時に、三人の女子に別れを告げる。   「やっぱルカくんって東峰さんと付き合ってるの?」    一人の女子が否定して欲しそうに流榎に疑問を投げかけた。   「んー、さぁ、どうかな。ボクは満更でもないんだけどね」    ちらりと一瞥を東峰にくれてやりながら、流榎は言葉を濁す。  東峰はわざとらしくため息を吐いてから、   「——鹿苑寺(ろくおんじ)くん。係の件で少し話が」   「わかったよ、紫苑(しおん)ちゃん」    とてつもなく鋭い眼光を浴びたが、流榎は物怖じしない。  ——いや、そんな心はないとでも言うべきか。   「じゃーね、皆」   「……ん〜、東峰さんには勝ち目ないよぉ。うぅ……でも……ばいばい」    三人に再び別れを告げ、渋々女子三人は退散した。   「で、何の用だ。紫苑ちゃん」    殺気を込めた視線を食らったので、流榎は「悪かった。東峰だな」と訂正する。   「……女遊びばっかして、浮かれてるわね」    終始絶やさなかった笑顔を、流榎は絶やす。  笑みを消しただけじゃない。  感情の全てを消す——いや、元々感情はないので、元に戻ったと言うべきだろう。   「——遊びじゃない。学びだ。そして、準備だ」   「なんの? あともう復讐するのは一人だけ。龍神蓮(たつがみれん)。その準備も進んでいるはずよ」   「恋情。僕が心を学ぶにあたって、最も知らなければならない感情だ。それを学んでいる。そして、無論準備でもある」   「だからなにが?」    端正な顔に備えられた、整った眉をひそめながら、東峰は疑問符を浮かべる。   「少し予定を変更する」    東峰の眉間にさらに皺ができた。   「……どういうこと」   「龍神蓮をもっと追い詰めてみたい」   「具体的に何を?」    流榎は冷めた目、冷めた表情で呟く。   「——このクラスを、学級崩壊させる」      ※      ——一年半前。2018年。9月頃。    鹿苑寺流榎は、自殺をしようと屋上に立っていた。  理由は、自分に心がないことを気づいてしまったからだ。    いや、前々から気づいてはいた。  だが、五人組の男子から暴行を受けても、心が痛むことは無かった。    それがなんとも虚しく、それに対する悲しみの感情を抱くことすらできないのが、ただただ疑問だった。    心を知るために、飛び降りようとしたとき、   「——あんた、死ぬの?」    屋上の鉄扉から声が聞こえた。  鈴の音のような美声だった。    振り返ると、黒髪ロングに紫紺の瞳を持ち合わせた美少女が立っていた。   「なんのために死ぬの?」    流榎は答えなかった。  煽られても、それに対する怒りの感情など微塵もない。   「どうせ死ぬなら、復讐してからの方がいいんじゃないの?」    復讐。  別に流榎は、自分を暴行する五人組を恨んだことなどない。いじめを受けていたという認識すらない。  そんな心なんてない。逆に恨みたいくらいだった。   「——私があなたの復讐を手伝ってあげる。だから——」    流榎はその少女を片目だけで見つめる。   「——あなたは私の復讐の手伝いをしなさい」    こうして、鹿苑寺流榎と東峰紫苑は契約を交わした。  互いが互いを手助けすること。  どちらかが死んだとき、片方も後を追うこと。  そんな悪魔の契約が果たされた。    流榎は心を知るためにだ。  東峰の目的は分からない。  だが、二人の利害は一致していた。    それが鹿苑寺流榎と東峰紫苑の出会いだった。  
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加