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第一章 1 『復讐の終わりと始まり』
「ルカく〜ん。札駅よってこーよー」
青年——流榎は女子三人に囲まれながら、放課後の廊下を歩いていた。
ある女子は右腕に抱きつき、ある女子は左腕に抱きつき、またある女子は物欲しそうに順番待ちしている。
「ごめんね、この後用事あるんだ」
流榎の断わりの言葉を受け、三人の女子は唇を尖らせて残念そうな表情を浮かべた。
「……もうちょっとだけダメ? ……あ、東峰さんだ」
一人の女子の言葉により、流榎を含めた三人も前方を見る。
すると、そこには少女が立っていた。
同じ高校の——いや、同じクラスの生徒。
腰まで届くほど長くストレートな黒髪。他を寄せつけない冷めた紫紺の瞳。
薔薇と謳われる美少女が立ち尽くしていた。
「じゃ、ここでお別れかな」
流榎は東峰を発見したと同時に、三人の女子に別れを告げる。
「やっぱルカくんって東峰さんと付き合ってるの?」
一人の女子が否定して欲しそうに流榎に疑問を投げかけた。
「んー、さぁ、どうかな。ボクは満更でもないんだけどね」
ちらりと一瞥を東峰にくれてやりながら、流榎は言葉を濁す。
東峰はわざとらしくため息を吐いてから、
「——鹿苑寺くん。係の件で少し話が」
「わかったよ、紫苑ちゃん」
とてつもなく鋭い眼光を浴びたが、流榎は物怖じしない。
——いや、そんな心はないとでも言うべきか。
「じゃーね、皆」
「……ん〜、東峰さんには勝ち目ないよぉ。うぅ……でも……ばいばい」
三人に再び別れを告げ、渋々女子三人は退散した。
「で、何の用だ。紫苑ちゃん」
殺気を込めた視線を食らったので、流榎は「悪かった。東峰だな」と訂正する。
「……女遊びばっかして、浮かれてるわね」
終始絶やさなかった笑顔を、流榎は絶やす。
笑みを消しただけじゃない。
感情の全てを消す——いや、元々感情はないので、元に戻ったと言うべきだろう。
「——遊びじゃない。学びだ。そして、準備だ」
「なんの? あともう復讐するのは一人だけ。龍神蓮。その準備も進んでいるはずよ」
「恋情。僕が心を学ぶにあたって、最も知らなければならない感情だ。それを学んでいる。そして、無論準備でもある」
「だからなにが?」
端正な顔に備えられた、整った眉をひそめながら、東峰は疑問符を浮かべる。
「少し予定を変更する」
東峰の眉間にさらに皺ができた。
「……どういうこと」
「龍神蓮をもっと追い詰めてみたい」
「具体的に何を?」
流榎は冷めた目、冷めた表情で呟く。
「——このクラスを、学級崩壊させる」
※
——一年半前。2018年。9月頃。
鹿苑寺流榎は、自殺をしようと屋上に立っていた。
理由は、自分に心がないことを気づいてしまったからだ。
いや、前々から気づいてはいた。
だが、五人組の男子から暴行を受けても、心が痛むことは無かった。
それがなんとも虚しく、それに対する悲しみの感情を抱くことすらできないのが、ただただ疑問だった。
心を知るために、飛び降りようとしたとき、
「——あんた、死ぬの?」
屋上の鉄扉から声が聞こえた。
鈴の音のような美声だった。
振り返ると、黒髪ロングに紫紺の瞳を持ち合わせた美少女が立っていた。
「なんのために死ぬの?」
流榎は答えなかった。
煽られても、それに対する怒りの感情など微塵もない。
「どうせ死ぬなら、復讐してからの方がいいんじゃないの?」
復讐。
別に流榎は、自分を暴行する五人組を恨んだことなどない。いじめを受けていたという認識すらない。
そんな心なんてない。逆に恨みたいくらいだった。
「——私があなたの復讐を手伝ってあげる。だから——」
流榎はその少女を片目だけで見つめる。
「——あなたは私の復讐の手伝いをしなさい」
こうして、鹿苑寺流榎と東峰紫苑は契約を交わした。
互いが互いを手助けすること。
どちらかが死んだとき、片方も後を追うこと。
そんな悪魔の契約が果たされた。
流榎は心を知るためにだ。
東峰の目的は分からない。
だが、二人の利害は一致していた。
それが鹿苑寺流榎と東峰紫苑の出会いだった。
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