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プロローグ 『Schadenfreude』
「——いけずなのね。私はこんなにもあなたのことを想っているのに」
屋上で待ち構えていた少女に向けて、流榎は嘆息。
「あまりにも遅いな。俺はお前のことを想ってなんていないよ」
「ええ、知ってるわ。だからこんなことになったんじゃない」
少女は両手を広げて己の体を見せつけてくる。
——でも、何も見えない。
何か眩いベールが少女を包んでいる。
長くストレートな髪。
綺麗な瞳。
それらは分かるのに、色も、形も、名前すら、分からない。
——なぜ、俺はこんなところに?
「待て。俺はたしか……約束をしてて、家を飛び出して、一戦混じえて……」
流榎は全てを思い出し、それと同時に吐き気がのし上がってきた。
流榎は『少女の遺体』を発見した。
叫び、そのままこの黒東高校の屋上まで走ってきたのだ。
「——待て。なぜお前がここにいる?」
少女は綺麗な◼色の髪を撫でながら、
「——言ったじゃない? 私はあなたのことを——————て」
少女の声にノイズがかかった。
あまりにも眩しくて顔を見ることの出来ない少女の声。
美しい鈴の音のような声が、醜く歪んだ。
「お前は……」
「あの時言えなかったことを伝えに来たわ」
少女は流榎に近づく。
一歩。二歩。三歩。
目前。
少女はつま先立ちをし、流榎の胸に手を添えて、妖艶に目を細めた。
そのまま流榎の顔に近づく。
その瞬間、少女を包むベールが消えた。
ベールに隠されていたように、少女からは薔薇の香りがした。◼色の薔薇。甘く、甘美な匂い。
流榎はようやく、彼女が誰だか分かった。
そして、流榎はその少女の名前を呼ぶ。
「——」
最期の接吻の味は、雪のように柔らかかった。
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