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夏
「だからさ、夏海の方からも小春を説得してくれないかな」
冬華が疲れたような声でそう言った。
立春が過ぎはや1週間、未だ冬将軍は日本列島からの撤退を考えていないのか、雪がちらつく日々が続いていた。
私の仕事は地方自治の広報、そして「夏の女王」である。
夏の女王、と聞くとブラジルのサンバカーニバルみたいな想像をしてしまうが、残念ながら夏を楽しんだことはない。夏の間は東京タワーの地下に籠っているからだ。
苗字が蝉川だけに、まるでセミの幼虫のようだなと思う。
夏場は地下だが、夏以外はこうして事務所に出張っている。しかしやることはあまり変わらない。いわゆるデスクワークである。机の上には、次の企画である街コンの資料が山積みとなっていた。
午後3時過ぎ、事務所のパソコンの前で食後の睡魔に襲われている頃に、突然私用のスマートフォンが振動した。そのバイブレーションに驚き、私は変な奇声を発しながら眠気を飛ばす羽目になった。
「おい蝉川、寝てたんじゃないだろうな?」
課長が意地悪そうな視線を送りながら言ってくる。
「いへえっ、滅相もございません!」慌てて返事をすると、喉に唾が詰まった。
「そうか、滅相もないか。寝てないならいいが、とりあえずよだれは拭いておけよ」課長は笑いながら注意してくれた。
すみません!急いで口元を拭いながら、今なお震え続けるスマートフォンを手に取った。発信先はどうやら冬華のようだ。
「もしもし冬、どうしたの?」通話ボタンをスライドし、電話に出た。
「ごめん夏海、仕事中に」
「ううん、大丈夫だよ」課長に見逃していただいたのだから。
「小春からなんか連絡来てる?」冬華が尋ねてくる。
「え、春から?いや、何も聞いてないけど」一体何の話だろう。面白いイベントでもあるのかしら。
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