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「はい、どうぞ」
休憩時間、彼女はミネラルウォーターのフタを開けて、最近入った新人に差し出した。まだ仕事に慣れず、腕や手首が痛いらしい。
「ほら、ここって制服があって上下関係もわかりやすいでしょ。そういう所の方が自分に向いてる気がするし、それに体を動かすのも結構好きなの」
どうしてこの仕事を始めたのかという後輩からの質問に、彼女はおっとりとした優しい口調でそう答えた。
真っすぐな長い黒髪をとかしながら、こう続ける。
「私、中学の頃から全く変わってないみたい。髪もこの位の長さで三つ編みでメガネをかけて…あ、コンタクトは仕事中だけよ。そうね、あの頃は何になりたかったのかしら…」
彼女が首をかしげながらそう言った時、マネージャーから呼び出しの電話が入った。
連絡事項に頷いて電話を切った後、振り返り後輩へ向かって言った。
「そうだ!昔は王子様にプロポーズされるお姫様になりたかったかな。あ、これって職業って言えないわね」
笑いながら背中を向けた彼女の美しい髪は大きく弾み、まるで飛び立つ前に羽を広げた黒い蝶のようだった。
扉の向こうにいる客は、中学時代に彼女が憧れていた先輩だ。この店を気に入って何度か訪れているが、話をしたこともなく地味でおとなしかった彼女を覚えているはずもない。
部屋の扉を開けた時、彼が嬉しそうに頬を緩めた瞬間を彼女は見逃さなかった。そして憧れの王子様の面影を確認するように、ゆっくりと彼の方へ近づいていく。
「何を勝手に笑ってるの?お仕置きが必要ね」
椅子に縛られた彼を見下ろしながら、彼女は足元の床に鞭を振り下ろした。
薄暗い部屋の中、冷徹な微笑みを浮かべる女王様の美しい白い肌と艶やかな唇も、目隠しをされた彼には見ることができない。
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