第九章「真相」

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「……秋浜が俺に想いを寄せている、って言ったな。その通りさ。俺も、秋浜にずっと特別な感情を抱いていた。顧問をしているバスケ部の生徒という事もあって、ずっと交流があったからな。もちろん、手を出すことなんて無かったが、3年になってから連絡先を交換して、やりとりするようになった」  先生はそこで少し言葉を切ってから、思い返しながらまた口を開いた。 「気付いたら俺は、秋浜のことばかり考えるようになっていた。自慢じゃないが、5年前に赴任してきてから、彼女の一人もできていなかったからな。生徒をそんな風に見ることも、もちろん初めてだった。俺は、ある日自分の気持ちを打ち明けた。……秋浜は思いに応えてくれたよ。だけど、それ以上の事は何も無かった。俺自身、どうしていいのかわからなかったんだ」 「そんな時に、芦間さんが宿直室に……?」  それが偶然、青山くんが転校してきた日の夜だった、というわけだろう。 「ああ。秋浜とのことで悶々としていた俺に向かって芦間は、先生が好きです……そう言って抱きついてきた。一瞬面食らったが、俺は思わず抱きしめ返した。そのまま欲情が抑えきれなくなって……。抵抗する彼女を殴りつけながら、気付いたら……強姦していたんだ」  話を聞きながら僕は、芦間さんの事件の時に感じた、あの、黒くて重たい塊が、再び胸の中を押さえつけ始めてるのに気付いた。 「なんてこと……なんてことを!相手はまだ、中学生なのよ!?」  来栖川が、激しく非難する。 「……止められなかったんだ。秋浜への気持ちをぶつけるように、俺は何度も何度も彼女を殴った。……そのうち、芦間は動かなくなったよ。死体をぶどう畑に遺棄してから、俺は自分のした事に激しく後悔しながらも、同時に、抵抗し、泣け叫ぶ芦間の姿が、何度も何度も頭の中に蘇ってきた。俺はそれを反芻するうちに、秋浜にも、同じ事をしてやりたいという欲望に、支配されるようになったんだ……」  林先生の常軌を逸した告白に、胸の中の塊はさらに黒く、重くなり、より深くまで食い込んでくるのがわかった。同じ女子である来栖川にとっては、さらに聞き難い、あまりにもおぞましい事実だろう。 「次の日、俺は秋浜に夜宿直室へ来るように誘った。……彼女の返事は、意外にもOKだった」  ……そうか。秋浜は、きっとその事を僕に相談しようとしていたんだ。まさか芦間さんを殺したのが林先生だ、とまでは思っていなかっただろうけど、殺人事件が起きて間もない時に、夜、二人きりになる場所へ行く事に抵抗があったんだ。あの時、秋浜がそんな事を抱えていたなんて、僕は夢にも思わなかった。 「秋浜は、実際にその夜やって来た。でも……そこへ偶然、圭介も現れたんですね」  僕はギュッと唇を噛みながら言った。 「ちょうど、秋浜が俺を拒んだ時だった。宿直室をノックもせずに、名取がドアを開けたんだ。……奴は、俺達を見るなりいきなり飛びかかってきたよ。そこからもつれ合って、俺は仕方なく馬乗りになり、名取が大人しくなるまで殴り続けた」  やっぱり、圭介は秋浜を守ろうとしたんだ。想いを寄せる秋浜が先生に襲われそうになっている姿を見て、きっと、体が勝手に……。僕はその様子を想像して、涙を流しそうになった。まだ中学生で小柄な圭介が、大人で、スポーツマンで、180cmを越す林先生に立ち向かった。結果は、ひとたまりも無いものだっただろう。 「秋浜は、俺を止めようと泣きながらつかみ掛かってきた。俺はそれを振り払って、秋浜を殴りつけた。そして、気を失ったままの名取の前で秋浜を、芦間と同じように……」  そこまで話して、先生は押し黙った。当夜のことを、思い起こしているのだろうか。事件の事を後悔しているのか、それとも……。
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