第二章「異変」

3/5
前へ
/50ページ
次へ
 来栖川がそう聞いたので目をやると、右手の甲に湿布のようなサポーターのような、白い布が巻かれているのがわかった。 「ああ、昨日宿直室で料理してたら火傷しちゃってね。慣れないことはするもんじゃないな」  先生は少年のようにいたずらっぽく笑って言った。今時宿直なんてあるのはうちの学校ぐらいじゃないだろうか。確か一週間交代だから、今週は林先生が担当らしい。 「そうなんだ、かわいそー。あたしが作りに行ってあげよっか?」  来栖川の提案に、僕や周りのクラスメイトはクスクスと笑った。 「ははは、そうだな。成人式が終わったらぜひお願いするよ、来栖川」  先生がスマートにかわしてそう言った時、突然、圭介が立ち上がって声を張り上げた。 「せ、先生!」ただごとではない様子だった。「こいつ、お、お漏らししてやがる!」  圭介の言葉で教室内は一気にどよめき、圭介が指差す方向に注目が集まる。机の下に、大きなシミを作っていたのは……青山くんだった。周囲からは悲鳴にも似た声がこれでもかと挙がり、林先生がすぐさま指示を出す。 「大丈夫か、青山!……保健委員、青山を保健室に連れて行ってやってくれ」  青山くんはうつむいて全身をブルブルと震わせながら、普段以上に顔を青白くさせていた。そうしている間にも、床のシミはゆっくりと広がっていく。我慢していたのか、急に何かしら体調が悪くなったのか……。教室全体がざわめく中、圭介がさも気持ちが悪そうに大声で言い放った。 「うえー、きったねぇ。とんでもねぇ転校生が来たもんだな!」 「名取!」  すぐさま林先生の怒号が飛ぶ。 「圭介!お前……」  言い過ぎだぞ、と僕が続けて言おうとした時だった。  パァンッ!  突如として大きな破裂音が鳴り、ざわめき立っていた教室中が静まり返る。 「言い過ぎよ、名取」  圭介に平手打ちを見舞ったのは、鋭い目つきをした来栖川だった。 「いってぇ…」  殴られた方の頬を押さえながら、圭介が恨めしそうに来栖川をにらみ返す。 「え、恵那ちゃん……」  心底驚いた表情で、凛が呟いた。林先生ですらその迫力に言葉を失っていると、来栖川はすぐに走って廊下へ出て行き、窓に洗って干してあった2枚の雑巾を手にして戻ってきた。そのまま、青山くんの机のあたりの床を拭き始めたながら、比較的綺麗な方の雑巾を青山くんに差し出して言った。 「大丈夫?使って、青山くん」  椅子に座ったまま、青山くんの体はまだ震えていた。 「ご、ごめん……。ごめん……ぼ、ぼく……」  ポタリ、ポタリ、とお漏らしじゃない雫が青山くんの机の上に落ちる。皆一様に言葉を失って、ただただ呆然とその様子を静観していた。 「く、来栖川、すまんな。さぁ、いこう青山。……保健委員!」  青山くんの腕を取り、我を取り戻したかのように先生がもう一度呼びかけると、圭介が口を開いた。 「俺が行きます」スタスタと青山くんに近付き、肩を貸す。「……悪かったよ、転校生」
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加