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凛とはそういう話もしていないので、彼女がどうするかは知らないけど、どちらにせよ、卒業後これまで以上に、僕らの関係は希薄なものになってしまうだろう。二年後、三年後の児童数によっては、廃校が決まってしまうと言われている、忍足中学。僕らはそんな場所で、残り少ない世間でいう青春というやつを、それぞれが何かを抱えながらも、ささやかな喜びとともに、ただ淡々と過ごしているのだった。
両脇の木が、坂道の後半で向かい合うように垂れ気味になり、ちょっとしたアーチ形になっている。厳しい寒さの季節を前にした木々たちは、瑞々しく生い茂ったその葉を、ほんのりと紅葉させていた。この穴場スポットも、そこを抜ければいよいよ終点だ。
「今日、ホームラン打ってたね」
凛が、小石を蹴りながらつぶやくように言う。
「あ、見てたんだ?」
「カキーン、って、すごい音鳴ったもん。さすが、野球部」
「試合じゃホームランなんて滅多に打てないから。ああいう時に、打っとかないと」
へへん、と自慢げに答える。
「名取君の球は、余裕、って感じだった?」
「う~ん。そうでもないよ。憲ちゃんよりはマシだった、かな」
「あははっ。そう言えば新木君、パカパカ打たれてたもんねぇ」
凛が圭介と同じセリフを言うもんだから、僕もつられて笑ってしまう。
「はは。ノーコンだからなぁ、憲ちゃんは」
「それに比べて名取君は、ほんと運動神経いいよね。あのタイミングで飛んできたボール、かわすんだもん」
「なんだ、そんなとこまで見てたのか」
といった感じで、凛と他愛も無い会話をしてるうちに、突き抜けるような赤い空に、薄っすらと夜の帳が降りはじめたことに気づく。のんびり歩きすぎたせいか、以外と時間が経っていたみたいだ。
様々な想いを胸に、見上げる空。そのまま、おぼろ雲が渦巻く秋の空に、ゆっくりと吸い込まれていくような錯覚を覚える。
「卒業、かぁ……」
特に意味も無く、自分から声になるかならないか、という小さな声でつぶやいておいて、勝手になんだか切ない気持ちになる。
「祐樹、ほら早く。暗くなるとおばさん、心配するよっ」
立ち止まっていた僕に、振り返った凛が濃い茜色を背にして、声をかけてくる。
「いくつなんだよ僕は」
苦笑いすると、僕は再び落ち葉を踏み鳴らしながら、凛の後を歩き出した。僕の中学校生活は、受験戦争にさえ勝利できれば、良くも悪くも地味なまま終わることになるだろう。そう、思っていた。
やがて世間を揺るがすことになるほど凄惨な事件が、まさかこの平和な忍足村で起ころうとしているなんて、この時の僕には知る由も無かったんだ。
プロローグ
ー了ー
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