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「名取がいて、秋浜さんがいて。新木も、里見さんもいてさ。夜の忍足中学校を探検しよう、って話になって、みんなで話しながら向かってたとしたらさ。……楽しかったろうね」
僕はそう言われて、彼女が言う光景を眼前に思い描いた。
(祐樹、早く来いよ)
(有沢くんには、有沢くんのペースがあるから)
圭介の言葉に、秋浜が返す。
(早くしないと、帰るのも遅くなるぜ)
(せっかくだから、のんびりでいいじゃない)
憲ちゃんの言葉に、凛が返す。
本当にそうだったら。本当にそうだったら、どんなによかっただろう。
つい最近までなら、それはもしもの話で終わるものでもなかっただろう。卒業を前にして、クラスの雰囲気、学年全体の雰囲気はとても良かった。男子と女子の隔たりのようなものも、確実に薄れつつあったんだ。高校へ行くようになれば、みんなバラバラになる。単に入学してから年月が経っていたから、学年に2クラスしかなかったから、というよりは、みんなが離れ離れになることがわかっていたから、同級生に一体感が生まれかけていたように思う。みんなで卒業しよう。誰もが、そう考えていたはずだった。しかし、その願いにも似た想いは、残虐な犯人によって、あまりにも乱暴に打ち砕かれてしまったのだ。
「着いたよ」
校門の前に自転車を停めて、来栖川が言った。
その時、僕らの体とともに断固たる意思までも吹き飛ばさんと、強い風がいきなり吹き抜けた。
「なんて……風!」
来栖川が、慌ててニット帽を手で押さえる。バサバサと道の両脇の木々が揺れ、舞い散る枯れ葉が乱舞していた。静まり返った夜の校舎に、唸るような風の音だけが響いている。
「……行こう」
風が止むのを待たずして、僕は意を決してそびえる校門をよじ登った。
耳を澄ませていつでも異変に気づけるよう準備しながら、耳鳴りがするほどに静寂を保った校庭と校舎の間を、慎重に歩く。敷地内は真の闇に支配されており、月明かりでかろうじて数メートル先がわかる、といった程度の視界の狭さが、僕の恐怖心をさらに煽っていた。たった数十メートルほどしかないはずのその距離が、何百メートルも続く長い道のりのように感じられる。
来栖川と距離が離れないように気をつけながら、一歩、また一歩と、歩みを深めていった。
ガタガタッ!
その時、突然下駄箱の方から物音がした。
「きゃあ!」
瞬間的に反応して、来栖川が叫ぶ。
「しっ!」
彼女に見えているかどうかわからないが、僕は慌てて唇の前に人差し指を持ってきて言った。物音よりも、来栖川の声で心臓が止まりそうになってしまった。
黙ったまま様子を伺うが……再び物音は、立ちそうにない。
「猫か、イタチか。そのたぐいだろう」
僕は気休めにもならない当てずっぽうを言ったが、意外にも来栖川は納得して答えた。
「そうね。きっとそう」
せっかく覚悟を決めてここまで来たのに、物音ひとつで水を差されてしまっているようでは、たまったもんじゃない。気を取り直すのにしばらく時間がかかってしまったが、僕らはまた二人して歩き出した。
そして、ようやく校庭の隣の大きな体育館が目に入ってきた。体育館を右手に見ながら左へ進めば、旧校舎の端に着く。その向こう側が、美術室のある新校舎だ。新校舎が外から直接各教室に入れる造りになっていなければ、真夜中のこの行軍も実現しなかっただろう。漆黒に包まれた校内だったが、少しだけ目が慣れてきているのがわかった。
いよいよ、旧校舎の端に着く。美術室はもう目の前だ。
「やっと着いたね」
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