第一章「転校生」

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第一章「転校生」

「行ってきます!」  朝っぱらから進路の話をされたんじゃたまったもんじゃない、と僕は家を飛び出した。  ひとりっ子だからぶどう農家の稼業を継ぐつもりがあるのかどうか。気が気じゃないのはわかるけど、朝食の最中堰を切ったように母さんから、高校受験についての話題をまくし立てられた。忍足には有名ハンバーガー店も、大手スーパーも、タピオカを売ってるようなカフェも無い。そんな村を脱出したいと思うのは、多感な中学生にとっては当たり前のことだが、僕はというと、実は明確な進路を決めかねていた。  県内には公立の農業高校があり、そこは比較的市街地に近くやや都会で、特に決め手なのが全寮制というところだ。慣れ親しんだ県内を出ずにして、実家を出ることができる。しかも、ぶどう農家を継ぐつもりはあるからとやかく言うなという、自由にやるための家族への免罪符もついてくる。ぶどう稼業は幼い頃から手伝っていたし、実際、父さんの仕事ぶりを間近で見てきて憧れを持った時期もある。とは言え、県外へ出て新しい世界を体験するという憧れに、その案が優っているというわけでは無かった。  朝露に濡れて紅葉しかかった山道をさんざ歩くと、ヘアピンカーブの国道が見えてくる。この辺りが地区の合流地点になっていて、ここまで来たらチラホラと他の学生達の姿も目に入ってくる。国道をさらに少し行けば小さな社に忍足地蔵が祀られており、ここを過ぎれば忍足中学に続く上り坂にたどり着くのだ。 「ふぁ~……、ほあよ」  忍足地蔵の脇道の山道から、あくびしながら来栖川(くるすがわ)が現れた。地毛なのか、染めてるのかは分からなかったが、秋風にやわらかくそよぐ長い髪は、綺麗な濃い栗色をしていた。 「おはよう、早いじゃん」 来栖川はいつもチャイムの鳴る少し前に教室に入ってくるから、不思議に思った。 「昨日ママとゾンビドラマ見始めたんだけど、はまっちゃって」 「朝まで見てたの?」 「違う違う、ソファでそのまま寝ちゃったの。ママが毛布かけてくれたけど、朝方に目を覚ましちゃって。そこから眠れなくて、今。……ふぁあ」  額の横で左寄りの団子を作られた前髪は、無防備な来栖川の表情を惜しげもなく晒し出していた。こんな髪型なのに、彼女がやけに垢抜けて見えるのは、派手目な髪色のせいか、はたまたはっきりした目鼻立ちのせいか。 「今日の二限目、体育だぜ」 「げ。むりぃ~。林先生に眠い顔見られちゃうじゃん!」 「そこかよ。体動かすの辛いだろ、って話」  林先生とは、20代後半の若くてカッコイイスポーツマンタイプの教師のことだ。女子から人気があって、今年のバレンタインは先生がもらうチョコの数が最高記録になるのでは、と忍足中学でもっぱらの噂だった。 「それは大丈夫、体育が一番好きな教科だから」  そう言いながら来栖川は、繰り返すあくびで涙目になった瞳をキラキラさせながら笑った。 「そりゃよかった」  小学生みたいに油断しきった顔だ、と、僕は微笑ましく思いながら、向き直って先に坂道を上り始めた。 「そういえば有沢、この前ホームラン打ってたね」  再び話しかけられて、少しだけ面食らう。来栖川とは普段からしょっちゅう話すわけでは無いからだ。 「なんだ、来栖川も見てたのか」  答えながら、慌てて一瞥する。 「来栖川、も?」 「凛も見てた、って言ってたから」 「凛って……あぁ、里見さん。あんた達って付き合ってんの?」  僕を追いかけるようにして坂道に差し掛かると、来栖川が突拍子も無い事を言い出す。 「なんでそうなるんだよ。合同体育の時、凛がたまたま見てただけさ」
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