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来栖川の言葉に、僕は頷いた。忍足中学校がこんなに広かったのかと感じるほどに、校門を乗り越えてからここまで、予想以上に時間がかかった。僕は、技術室と家庭科室の間にある美術室に近づきながら、ウインドブレーカーのポケットからオレンジ色のタグが付いた鍵を取り出した。
……ガチャリ。
驚くほど、あっさりと鍵が開く。窓ガラスが風でガタガタと揺れていた。ほのかな、絵の具の匂い。僕らはついに、美術室への侵入に成功した。
誰もいない夜の美術室内は、校庭のそばを通っていた時よりもはるかに不気味だった。普段は気にならなかったけど、歩くたびに木製の床がひどく軋む。今の旧校舎が新校舎だった当時の旧校舎から建て替えられ、もう20年以上は経っているらしいから、無理も無かった。
そして、ついに僕らは美術準備室の前にやってきた。
「……本当だ、3桁だね。これならなんとかなるかも」
簡易鍵に掛けられた南京錠を見て、来栖川が言った。
「ああ。時間はかかるかもしれないけど……4桁じゃなくて本当に良かったよ」
僕はそう答えると、早速南京錠に手をかけた。
278……ダメだ。
279……これもダメ。
どれくらい時間が経っただろう。まだ数字は半分も行ってなかったが、さすがに僕も疲れてきた。数字を変えるたび、ガチャガチャと南京錠が開くか試す。開け損じがあっては意味が無いので、この作業は念入りに行わなければいけない。当然、その分時間がかかるのだ。
「有沢、代わろうか?」
来栖川が気を使ってそう言ってくれる。
「大丈夫さ、このくらい。ありがとう」
僕はそう答えながら、自分の手で鍵を開けるべく、気の遠くなりそうな作業を続けた。
303……開かない。
304……また、ダメだ。
305……うん?
僕は、明らかに今までと違う手応えを感じた。ゴクリと、生唾を飲み込む。慎重に、確実に、南京錠を引く。……開いた!飛び上がりそうになるのを我慢し、来栖川に声をかける。
「くるすが……」
「有沢!!」
お互い小声ではあったが、こちらが言い終わるより早く、来栖川がただならぬ様子で僕の名前を呼んだ。
「……?」
来栖川は、暗闇の中でもはっきりとわかりほど動揺に体を震わせ、美術室の出入り口を見ていた。
「どうしたの?」
恐る恐る聞く。
「い、いま……。扉の隙間から、だ、誰かが、見てた……」
来栖川の言葉に、背筋が凍りつく。
「なんだって?」
僕も、思わず出入り口に目をやる。暗くてよくわからないが……誰もいないように見える。
「見間違いじゃないか?」
先ほどよりもさらに息をひそめながら、僕は聞いた。
「違うわ!……確かに、さっき目が合ったもの。すぐに、見えなくなったけど」
なぜ、こんな時間に?一体、誰が?
僕は恐怖で固まり、全く身動きが取れなくなった。
「……私、見てくる」
来栖川が、とんでもない事を言い出す。
「何言ってるんだ、来栖川。危険すぎる!」
「でも、間違いなくそこに誰かいたわ。調べないと……」
「わかった、わかったよ。僕が行くから」
来栖川の勘違いだと思いたい気持ちが勝っていたが、どちらにしろ確かめないわけにはいかない。
「有沢、大丈夫なの?」
彼女が心配そうに聞く。
「ああ。来栖川はここで待っててくれ」
「わかった……。気をつけて」
僕はコクリとうなずくと、出入り口に向かって歩き出した。
ミシ……ミシ……。
床の軋む音が、こちらを覗いていた何者かに聞かれるのではないかと、恐ろしくなる。徐々に、自分の鼓動が早くなっていくのがわかった。
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