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出入り口まで来る。扉の隙間から顔を出し、辺りを見渡したが、人の気配は無かった。いや、相手は闇に溶け込んで、こちらの様子を窺っているのかもしれない。高まる心拍数を抑え込もうと深く呼吸しながら、僕はゆっくりと美術室を出た。
もし、本当に誰かがこちらを見ていたのだとしたら……なぜ、姿を現さないのか。僕は自分が思っている以上に、核心に近づいているのでは、と思った。きっと、僕が何かを掴みかけている事を察知して、犯人がやってきたに違いない。3人もの人を殺した犯人が、すぐ近くにいるかもしれない……。それは、今まで感じた事がないほど凄まじい恐怖感だった。激しく脈打つ心臓が、痛い。
ゆっくりと、旧校舎に差し掛かる。いつ、犯人が飛びかかってくるかわからない。全神経を集中させ、壁を背にしながら進む。はぁ、はぁ、という僕の息切れの声が、犯人に聞こえてしまうのではないかと心配しながら、常に周囲に気を配る。
ブルルルルル。
ブルルルルル。
ズボンのポケットの中でスマホが震えたが、今は見る余裕が無かった。
間も無くして、体育館前までたどり着く。相変わらず、人の気配は無い。やっぱり、来栖川の勘違いだったんだ。そう、ほっとしかけた瞬間だった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
静寂を破る恐怖に満ちた絶叫が、美術室から聞こえてくる。
「来栖川……!?」
僕は、自分の顔が一気に青ざめていくのがわかった。犯人が、僕と入れ違いで美術室に入って行ったに違いない!きっと気配を消しながら、僕をやりすごしたんだ。
僕は、考えるよりも先に走り出した。彼女に何か合ったら……。不安と恐ろしさで体が動かなくなってしまう前に、矢のように駆け抜ける。
来栖川、無事でいてくれ!
大きく息を息を切らし、僕はあっという間に美術室に舞い戻った。見渡す教室内には、誰もいない。ふと、美術準備室の扉に目をやる。
……開いている!
南京錠を開きはしたが、僕は扉をまだ開けていなかったのだ。そこに、犯人と来栖川が?僕はもう床の軋みを気にせず、もはや開き直って準備室に向かった。呼吸が、苦しい。再び準備室前にたどり着く。中を覗いてみるが、暗くて、ほとんど何も見えない。僕が意を決して準備室の中に入った、その時。
僕の体よりもはるかに大きくて黒い塊が、ドーン!と僕の右半身に、かつてない勢いでぶつかってくる。
「ううっ!」
僕はあっけなく吹き飛ばされ、彫刻や額縁が入った山積みの段ボール箱にぶつかった。
ガラガラ、ドドン!
大きな音を立てて、それらが僕の体に容赦なく崩れ落ち、全身が激しい痛みに襲われる。
「ぐあっ!」
僕は、思わず声を上げた。
「有沢!」
……来栖川、無事だったのか。
「ごめんなさい、私、美術準備室に連れ込まれて……。声を出したら、こ、殺すって……」
謝る来栖川の隣で、低く、太い、聞き慣れぬ声がした。
「……スマホを出せ。こいつの腕を折られたくなかったらな」
……犯人の声だった。犯人が、そこに立っている!だけど、何もできない。……くそ!何てことだ!
僕は、重たい段ボールの下敷きになりながらなんとか体を動かすと、スマホをズボンのポケットから取り出し、床に滑らせた。暗闇の中で来栖川を片手で羽交締めながら、犯人が僕のスマホを拾い上げたかと思った矢先、今度は乱暴に来栖川を突き飛ばした。
「キャッ!」
彼女が地面に転ぶ。犯人はそのまま外に出て準備室のドアを閉め、ガチャガチャと音を立て始めた。……南京錠で鍵を掛けているようだ。
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