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第九章「真相」
「有沢、間違いないの?」
僕は、黙って頷いた。
ミシ……ミシ……。
床の軋む音が、近づいてくる。準備室の扉の前に、再び犯人……いや、林先生がやってきた。
「……なんで、わかった?」
さっきと同じで低く、太い声が響く。いつもの林先生の声色とは似ても似つかないもののように思えた。
「パステルです。あの日、圭介は来栖川に大量の緑のパステルの粉をかけられた。そして、僕と別れる時に、圭介の手はパステルで汚れていたんです。」そこまで言うと、来栖川がギュッと僕のウインドブレーカーを掴んでいることに気付いた。「次の日の朝、秋浜の死体を見つけた時……見たんです。秋浜の衣服に、緑の粉が付いていたのを。そしてその晩、圭介の遺体も見つかった。だから思ったんです。二人は、事件の夜一緒にいたんじゃないか、って」
そこまで話すと、僕は痛む体を起こして、先生の返答を待った。来栖川は、驚いたまま黙っている。
「パステルだと?まさか、そんなものが……。警察ですら知らない情報を、お前がたまたま掴んだ、ってわけか。……わざわざ名取に火をつけて、犯行日時をごまかすような真似までしたのに、警察じゃなく、生徒に二人同時に殺したことを気づかれるなんてな」
心のどこかで、何かの間違いであってほしいと思っていた。しかし、林先生自らの口からはっきりと今、二人を殺した、という事実が白状されてしまった。
「どうして、美術室に僕らがいるってわかったんですか」
僕は疑問をぶつけた。
「お前が職員室に鍵を返しに来た後、なんとなく気になってボードを見たんだ。じゃあ、鍵は返却されていなかった。俺は、お前が何かに気付いたんじゃないかと思ったのさ。だから夜、宿直室から出て旧校舎の端で待ち伏せしてたんだ」扉越しに、問答は続く。「逆に聞きたい。なぜ、美術室に来た?」
僕は今まで起きたことを頭の中で整理しながら、口を開いた。
「圭介と別れる前、あいつはスマホをどこかに忘れた、って言ってたんです。だから僕は、パステルで汚れた制服から体操服に着替えた、美術準備室の中に忘れたんじゃないか、って思いました。圭介も、帰る前にきっと学校へ向かったんじゃないか、って……」
それを聞いて、先生はさらに質問してきた。
「なら、はっきり聞こう。なぜ、さっき俺だと気付いたんだ?」
「……スマホが学校にあったという事は、圭介と秋浜が学校で会ったことになる。なぜ、秋浜は学校に来ていたのか。それは、宿直の林先生に会いに来たからだとわかったんです」事件の次の日の事を思い出しながら、僕は続けた。「青山くんがやってきた次の日、先生は右手の甲にサポーターをしていた。芦間さんを殴り殺した時に、怪我をしたんじゃないか、って気付いたんです。芦間さんも、秋浜も、林先生に思いを寄せていた。……そうじゃないんですか」
僕は、恐る恐る言った。
「月曜の夜、突然、芦間が宿直室にやってきた。……もちろんすぐに追い返そうとしたよ。だけど、あいつは聞かなかった。仕方なく、部屋に入れたんだ。すると、芦間は健気にも、俺にコーヒーを淹れようとしてくれたんだ。……その後ろ姿に、なぜかいきなり魔が差した……としか言いようがないな。気付いたら、俺は背中から芦間を抱きしめていたよ」
魔が差した、だって?僕は、その言葉に大きく違和感を感じた。林先生が続ける。
「芦間は抵抗したよ。あまりの拒否ぶりに、俺をその気にさせたのはお前だろ、と言った。その時に、淹れたてのコーヒーをあいつが投げつけてきたのさ。火傷をしたってのはそれでだ。もちろん、お前の言う通り、その後すぐ俺は反射的に芦間を殴ったのも事実だがな」
「そんなことで……そんなことで芦間さんを!」
じっと聞いていた来栖川が、怒りに震えて叫ぶ。
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