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「……ひどい。ひどすぎるわ!なんの罪も無い人を、3人も……!あんなに優しくて、あんなに頼りになる先生だったのに……。あんた、林先生じゃない!いえ、そもそも人間じゃない!悪魔よっ!」
来栖川は事件の全貌を知り、泣きながら林先生を罵った。先生は、来栖川が言い終わるのを待ってから口を開いた。
「その通りさ。俺はもう、先生でもなんでもない。3人の少年少女を殺した、悪魔さ。いや、3人じゃない。これから、4人目と5人目を殺す事になる……」
その言葉に、僕は戦慄を覚えるた。
「スマホも手元に無いお前達には助けを呼ぶこともできない。ゆっくり考えてからどうするか決めるつもりだったが、気が変わったよ。……有沢、南京錠の番号を言え」
先生の声色がまた変わった。冷たく、落ち着いたその声が、僕らの恐怖をより煽った。
「い、言うもんか!」
しかし心のどこかで、それが無駄な抵抗だということはわかっていた。
「そうか……。いいだろう。こんなもの、簡単にこじ開けられるさ。そもそも、そのつもりだったしな。せいぜい俺が戻るまで、来栖川と抱き合って震えてるんだな」
林先生はそう言うと、準備室の扉から離れていった。きっと、何かしらの工具を取りに行くつもりだ。僕は、できるだけ落ち着いた声で言った。
「いいか、来栖川。これから先生が中に入ってきたら、何か武器になるものを持って僕が先生に仕掛ける。君は、その隙に美術室を出て警察を呼ぶんだ」
それを聞いて、来栖川は目を見開いた。
「な、何言ってるの有沢、そんなこと……」
「来栖川は、なんとかしたくてここへ来たんだろう。僕だってそうだ。僕が、先生を食い止める。その間に君が、警察へ行く。それしか方法が無い。逆に言えば、これはチャンスなんだよ」
自分で言いながら、僕は落ち着きを取り戻し始めていた。学校へ向かう時に強く決意した気持ちが、今、再びふつふつと湧き上がってきているのだ。
「有沢、あなた……。それじゃ、警察が来る前に……」
「大丈夫。……僕は、ぶどう農家だからね」
恐怖をかき消し、自分を奮い立たせるために、僕は精一杯の冗談を言った。
その途端、来栖川が突然僕をひし、と抱きしめた。
「く、来栖川?」
初めて、母親以外の女性から抱きしめられた僕は、完全に体が固まってしまう。……嗅いだことがないくらい、いい匂いがする。こんな時にそんな事を口にしたら、きっと僕は来栖川から平手打ちを食らうだろう。圭介が、そうされたように。
「本当に、それしか無いの?有沢、私……。本当に、そうするしかないの?」
来栖川の涙が、僕の首元を伝っていった。
……守らなきゃいけない。この子を、絶対に。そう誓ったからこそ、僕はここへ来たんだから。
「大丈夫。うまくやって、僕も逃げるから。……信用して、来栖川」
そう言いながら、彼女の背中をポンポン、と軽く叩いた、その時だった。
「うおらあぁぁぁぁ!!」
ドン!ガタンッ!
激しい怒号とともに、何かが倒れる音が教室の外から聞こえてくる。
「くっ!お前……」
「諦めろ、林先輩!こっちは二人だ」
「この野郎、圭介を……圭介を!!」
「落ち着け、憲二郎!油断しないで体を抑えるんだ」
……憲ちゃんと、真兄ちゃんだ!
僕は飛び上がって、来栖川を抱きしめ返した。
「憲ちゃんだよ!兄貴と、来てくれたんだ」
九死に一生とは、まさにこの事ではないか。さっきまで死を覚悟していた僕は、天にも昇る気持ちだった。
「新木?新木が来てくれたの!?」
恐怖で震えていた来栖川の声も、一気に明るく様変わりする。
「祐樹!そこか!……他にも、誰かいるのか?」
「来栖川だよ。一緒に来てくれたんだ!」
僕は安堵とともに、張り詰めていた緊張の糸が一気にほぐれるのがわかった。
「待ってろ祐樹、もうすぐ警察もこっちにくるはずだ」
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