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真兄ちゃんが言う。すでに通報したらしい。
「はい!ありがとうございます、本当に助かりました。……でも、どうして?」
「里見から連絡があったんだ。お前が夜の美術室に入ろうとしてる、ってな。電話しても出なかったから、嫌な予感がしたんですぐに学校へ向かったんだ」
凛が、憲ちゃんに連絡を……。凛が僕を心配して、憲ちゃんにその事を伝えていなければ、きっと二人の命は無かっただろう。……凛……。
「まったく、無茶するなってあれほど言ったのに、この馬鹿野郎が!」
真兄ちゃんが怒鳴った。いくら叱られてもいい。無事に帰れるなら、例え殴られたって文句は言わない。
「……大丈夫だ、逃げはしない。警察も来るんだろう?もう、逃げようがないさ」
扉の向こうで倒れ込み、新木兄弟に取り押さえられているであろう林先生は、観念したようにそう呟いた。
「林先輩、一体なんで……」
……先輩?そう言えば、さっきも真兄ちゃんはそう呼んでいた。
「兄貴、先生と知り合いなのかよ?」
憲ちゃんが聞く。
「俺が一年の時に、バスケ部のキャプテンだったんだ。優しくて、頼もしくて、憧れの先輩だった」
さっき来栖川が言ったのと同じ事を、真兄ちゃんが言った。
「忍足に教師として戻ってきてくれた時は、嬉しかったんだぜ。……あの事から、立ち直ったんだ、って……」
あの事?
「……立ち直れるはずなんて無いさ。立ち直れないから、帰ってきたんだ。未来ある子供達のために、自分のために、な。……それが、このざまさ」
先生は自嘲気味に笑った。
「何があったんだよ、先輩。うまくやってたんじゃないのかよ」
真兄ちゃんが訴えかけるように言う。
「うまくやってたさ。……月島の姪っ子と出会うまではな」
……月島だって?確か、10数年前に自殺した……。
「嘘だろ!?月島先輩の姉さん、こっちに帰ってきてたのかよ。確か、娘さんがいたとは聞いてたけど……」
「別居して、戻ってきたらしい。こっちで過ごすのにも、昔の事件のことがあったから、苗字が変わったままの方が都合が良かったんだろう。実際は、ほとんど離婚状態だったそうだ。……初めて秋浜って生徒を見た時は驚いたよ。あまりにも、月島の面影があったからな。初めは、単なる他人の空似だと思ってた」
月島雨美は、秋浜の叔母さんだったのか……。そして、月島さんに告白した同級生というのは……。やっぱり、自殺の件と、今回の事件は繋がっていたのか、と僕は思った。
「秋浜が2年の時だった。部活で大会に参加した時、秋浜の母親が来てたんだ。やはり、月島に似ているように見えた。俺は月島の姉さんとは面識がなかったが、どうにかして確かめたかった。だから、不審がられないように気を配りながら、フルネームを聞いてみた。『秋浜風美(かぜみ)』、と答えたよ。それで、俺は確信した。姉さんの名前だけは、月島から聞いてたからな」
「……そうだったのか。全然、知らなかったよ」
真兄ちゃんが答える。
「……俺は、月島を守ってやりたかったんだ。噂が本当かどうかなんて、どうでもよかった。ただ、いつも悲しそうな顔をしてる月島を、俺の手で、守りたかった。なのに、俺が想いを伝えた日、あいつは……」
先生は、そこで言葉に詰まった。月島さんは学校の屋上から飛び降りた時、どんな想いだったのだろう。
「月島先輩も、きっと林先輩の事が好きだったんだ。だから……だから……」
真兄ちゃんはそう言うと、ぎゅっと唇を噛んだ。
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