第一章「転校生」

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 こうして、宮田先生が意識したかどうかはわからないが、いつもの三人で転校生のための机と椅子を取りに行くことになった。  三年生の校舎から渡り廊下を渡ると、職員室と生徒指導室、保健室なんかがある校舎に繋がっている。空き教室は、三階の視聴覚室の隣にある。 「だけど変だよな。卒業まであと半年も無いのに、今さら転校なんて」  宮田先生から預かった鍵でガチャガチャやりながら、憲ちゃんがつぶやく。確かに時期的に妙な気はする。 「なんか問題起こしたから逃げてきたんじゃねぇの?」  圭介が物騒な事を言い出す。 「なるほど。元いた街に居づらくなって、忍足に逃げ込んできた、か」  よせばいいのに、言い出しっぺの憲ちゃんは楽しそうにそれへ乗っかる。 「単なる家庭の事情だろ。問題って、なんなんだよ」  なかなか開かない鍵を凝視しながら、僕はひとり異を唱えた。 「東京の奴だからな。ケンカして、ナイフで刺したとか」 「そんなことしたら行き先は忍足じゃなくて、少年院だろう」 「少年院から出てきて、こっちへ来るのかも」 「それなら辻褄が合うな。冴えてるじゃねぇか、圭介」  どこが冴えてるんだよ、と呆れながら鍵が開くのを確認すると、憲ちゃんについて僕もさっさと中に入った。 「どっちにしろ理由があるんだよ、何か人に言えないような」  後ろを追いながら圭介が言う。 「そういうことなら、辺境の我が村は大変好都合だ」  話を聞きながら、会う前から偏見で印象を凝り固める二人を、ある意味凄いなと僕は思った。 「圭介はどう思う?」  机の反対側を持つように視線で促しながら、憲ちゃんが聞いてくる。 「わかんないけど。卒業間際に転校してくるのは不安だろうから、なるべく仲良くてあげたいとは思う」  机を持ちながらあえて冷静な口調で僕は答えた。 「かーっ、でたよ祐樹のいい子ちゃんぶりが」 「お前が言ってるのは、全部ただの妄想じゃないか」  圭介のちゃちゃに、ムッとして返す。 「なんにせよ、どんな挨拶するか見ものだな」 「違いない」  憲ちゃんの言葉に同調しながら、圭介は得意顔で椅子を担ぎ上げた。二人は好き勝手に言ってるけど、どこかあながち大きく外れては無さそうなリアルさがあった。ぼくらにとって憧れであり、危険な街でもある印象の東京から来た、ということが、そう感じさせるのだろうか。僕は、一抹の不安を覚えながら、さっさと机を運び出して渡り廊下に引き返した。  転校生のための机と椅子を持って教室に戻ると、僕達三人はすぐに異変に気付いた。教壇に、宮田先生以外に見慣れぬ二人が立っていたからだ。 「ああ、ご苦労さん。席についてくれ、ありがとな」  先生からの労いの言葉を素直に受け取ると、僕らはあえてよそ見もせずに真っ直ぐそれぞれの席に着いた。 「じゃあ、紹介しよう。青山くんだ」  見慣れない二人の一方、同い年ぐらいの明らかに痩せすぎた男の子が転校生らしかった。先生の言葉を受けて、ほんの小さく会釈をしている。長い髪が額にペッタリと張り付き、うつむき加減なので表情が見えない。髪の毛の隙間から、尋常でないくらい顔色が悪い事だけは、後ろの方の僕の席からでも確認できる。制服がまだ仕立てられていないのか、僕らと同じ学ランじゃなくブレザーを着ていたことも、特段の異彩を放つのに一役買っていた。 「皆さん、どうか仲良くしてあげてくださいね。ほら、悟、挨拶して」
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