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そう言った見慣れないもう一方の女の人が、青山くんの母親だろう。白いスーツ姿に大きなイヤリングをして着飾っているが、同じくらいの身長の青山くんよりもさらにもっと痩せこけている。顔色も案の定不健康そうに青白く、肌の色に合わない真っ赤な口紅と腰まである長い髪が、失礼ながらなんとも言えない不気味さを演出していた。
「あ、あの……そ、その……」
挨拶を催促されているにも関わらず、青山くんはしどろもどろになっていた。
「悟、これからお世話になるんだから!……ほら!」
そう言って青山くんの背中を叩く母親の手のひらは、萎れた枝のように長細く、シワだらけの指をしていた。
宮田先生が見兼ねたようにフォローに入る。
「まぁまぁ、彼も緊張しているでしょうから」母親にそう言ったあと、優しくポン、と青山くんの肩を叩く。「さぁ、最初だから、挨拶だけでもちゃんとしような」
そう言われた青山くんだったが、小刻みに震えているのが遠くからでもはっきりとわかった。凄まじく緊張しているようだ。
「よ、よろし……。よろしくおねがし……おねが、し、ます」
ようやく絞り出した言葉も小声で聞き取り辛く、おまけに不自然なくらいまったく呂律が回っていなかった。
「ほら、みんなもあいさつ」
青山くんが最後まで言い切るのを見届けると、先生は僕らに向き直って言った。
「よろしくお願いします……」
青山くんにつられたように覇気のない、声も揃っていない、とってつけたような挨拶を全員で返す。青山くんの母親はそれを確認すると、僕らと先生に一礼ずつして、ゆっくりと教卓を横切り教室を出て行った。
「さ、一番後ろの、その空いてる席が君の席だ」
そう言って宮田先生は、来栖川の左隣の席を指差した。のそり、のそりと青山くんが指定の席に近付く。
「よろしく」
状況を静観していた来栖川が、頬杖をつきながら声をかけたが、青山くんは特に返事もせずにぎこちなく席に着いた。
「卒業も近いからな。残り少ない期間ではあるけど、みんな仲良くしてあげてくれ」
先生はそう言ったが、こんな様子の転校生と果たして仲良くできるのだろうか。憲ちゃんと圭介に余計な先入観を植え付けられた後で、挨拶からの一部始終を見ていた僕は、正直不安になってしまっていた。
転校初日のその日、それ以降青山くんが再び誰かに口を開くことは無かった。そして次の日、彼が忍足に深い影を差す存在となってしまう事件が発覚する事になる。平穏無事に過ごしてきた僕達にとってそれはあまりにおぞましい、にわかには受け入れ難い現実だった。
第1章 「転校生」
ー了ー
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