第二章「異変」

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 秋浜はちょっと困った様子で、見たままを言った。凛と仲の良い秋浜は、こうして休み時間になると時々うちのクラスにやって来る。色白でほっそりしていて、端正な顔立ちの印象通り、穏やかで優しい女の子だ。誰かさんが好きになるのも無理はない。 「秋浜はさ、なんでよくこっちのクラスに来るの?」  ここぞとばかりに圭介が話しかける。 「凛ちゃんが呼びに来てくれるから、かな。時々はうちのクラスでも話してるよ」 「案外、このクラスに好きな奴がいたりして」  椅子にもたれながら両腕を後頭部で結びつつ、憲ちゃんがしたり顔で言う。 「え、そうなの!?」  自分がからかわれていることに気付かず、圭介は驚きを隠さない。 「違うよ、そんなんじゃないってば」  秋浜があっという間に顔を赤らめて否定する。 「千雪ちゃんは同級生に興味ないもんねー」  横入りして、凛が茶化すように言った。 「そ、そうなの?」  今度は落胆した様子で、圭介がさっきと同じセリフを言う。脇で憲ちゃんがニヤニヤとと笑っていた。 「もう、凛ちゃん!怒るよ?」  どうやら、凛は秋浜の好きな人を知っているらしい。すでに卒業した先輩だったりするのだろうか。 キーンコーンカーンコーン……。 「あ、チャイム鳴っちゃった。戻るね!」  あいさつもそこそこに、秋浜は教室の後ろの出入り口へ駆け出す。 キーンコーンカーンコーン……。 「また放課後ね!」 彼女の後ろ姿を見送りながら、大きな声で凛が言った。  間も無くして、黒板側の出入り口がガラリと開く。 「よーし、今日もやっていくか」 180cmはあろう長身を右に、左にくねらせ、ストレッチのような動きをしながら林先生が入ってくる。 「きりーつっ」  今日の日直は凛らしい。ガタガタとそこかしこで椅子を引く音が響く。 「よろしくお願いしまーす」  号令に合わせ、皆んなで立って挨拶をする。 「うん、よろしくな」  少し日焼けした顔に真っ白な歯を光らせ、先生が笑顔で応える。  林先生は忍足出身で、東京の大学で教員免許を取った後、勤め先にわざわざ忍足中学を希望してやってきたそうだ。年は20代後半、短めのツーブロックに精悍な顔つき、なかなかに逞しい体育教師然とした体つきをしている。東京帰りで十分に垢抜けた大人な男性なうえに、若くてかっこよく、地元愛まである先生。怒らせると恐いが話も面白くて親しみやすく、女子生徒からの人気がすごいのも頷ける人だった。 「貴重な保健の授業だからな。マジメにやってくれよ。……えーと、転校生は、と」  教室を見渡し、青山くんを探す。 「……お。いたな、青山。昨日の体育は元気なかったみたいだが、どうだい?まだ緊張してるのかな」  青山くんは不自然に体をモジモジと揺らしながらゆっくりと首をかしげた後、ほんの小さくこっくりと頷いた。 「まぁ、卒業前のこんな時期に来たんじゃ、なかなか輪に入りづらいだろうからな。皆んな仲良くしてやってくれよ」  そうしたいのはやまやまなんだけど……。先生の呼びかけにそう思ったのは、僕だけじゃないはずだ。 「先生、右手どうしたの?」
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