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私はため息をついて毛布を取り上げた。
リンゴを差し出すと母マジロはモッソモッソとゆっくり食べ始めた。
―嗚呼、もう時間がないと言っているのに!
じれったい私に反して母マジロはマイペースに食べる。
もっと怒りたい気持ちはあるが母の見た目が小動物なのでいまいち感情が昂れない。
私は母マジロの背中をさすってあげた。
そのすぐに丸くなる背中は小さくて可弱かった。
相手は母なのに動物と触れ合えて思わず癒やされてしまった。
触りながら思った。
アルマジロって喋るのだろうか?
そういえば、アルマジロの鳴き声を聞いたことがない。
現に母マジロはリンゴを食べるために口をパクパクと動かしてはいるものの声を出して鳴いてはいない。
あの甲高い声で小煩い母が嘘みたいに無口であった。
なんだかムズムズする。これは寂しいといった感情ではない。
この母はアイデンティティー(自分という存在を確信させる人格)を失ったのである。
私はそこから死という言葉と結びつけた。だから、恐ろしいと感じた。
たとえ、憎いと思っている肉親といえど生気がなくなる姿を見るのは忍びない。
母マジロはまた私の手に擦り寄り甘えてくる。
私はその姿に愛らしくも不気味さを感じて逃げるかのように仕事をするため家を出た。
…私はまだ朝食を食べてはいなかった。
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