二人が知り合うよりも少しだけ前のお話

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二人が知り合うよりも少しだけ前のお話

じいちゃんの一周忌を終えたその足でバイト先のカフェに向かえば、辿り着く頃には外は夜の帳に覆われていた。 スタッフルームで喪服から私服に着替え緩く髪を結ぶ。 すると知らぬ間に髪に染み付いてしまった線香の香りがふわりと漂い、唯一の肉親を亡くしたことを嫌でも思い出す。 時間が喪失感をそれなりに埋めてくれたとばかり思っていたのだけど、法要でそれを再び目の前に突きつけられてしまった気がする。 苦笑しながら店内に向かうドアを開けば、それも珈琲の深い香りに紛れて気持ちも紛れるようだった。 落ち着いた照明に照らされた店内は全ての物の彩度を落とし、まるで単色の写真のよう。 だからだと思う。 以前から夜空の見える窓際に座って熱心に受験勉強をしていた女子高生。カセットテーププレーヤーを愛用している姿をよく見かけていて、珍しいなとは思ってはいたけれど特に気になる存在という訳ではなかった。 いつもと何ら変わらない店内の風景だった筈なのに、いつもと違ったのは自分が法要帰りだったこと。 いつもよりか感傷的だった俺は彼女を見た時に、じいちゃんのアルバムに貼ってあった幼なじみだという女の子の白黒写真をふと思い出したのだ。 どこか写真の女の子と似た雰囲気を持っている彼女をよく見てみれば、持ち物には星があしらわれている物が多く、今は休憩をしているのかカセットテープを聞きながら夜空を眺めている。 そうっと、背後から視線の先を辿ってみれば、沢山の星が集まっている所を飽きもせずにジッと見つめているようだった。 あの星達は確か昴という名前がついていた筈だ。俺の名付け親だったじいちゃんが大好きだった星の名前。 (星が好きで昴が好きだなんて、じいちゃんに似ている) 法要帰りで色濃くなっていた喪失感を、じいちゃんの懐かしい思い出が優しく包み込んでくれるよう。 ふふ、と思わず漏れだした声に気が付いたのか、それとも背後に気配を感じたのか。振り向いた彼女の眉間には深い皺が刻まれていた。 確かに自分の背後で誰かが笑って居れば気持ちの良いものではないと思う。でもそれを抜きにしても彼女が俺に向ける視線は好意ではなかったように見えた。 それが何かは分からなかったけれど、何か機会があれば話し掛けてみたかったのに、さてどうしたものか。 店員らしく軽く会釈をしてその場を立ち去ると、暫くして彼女は時計を確認して店から出ていった。 空いた席を片付けようと布巾を片手に彼女が座っていた席へ向かうと、テーブル下の棚にノートが残っていることに気がついた。 中身は受験用に丁寧に纏められた、彼女にとってとても大切であろうノートで、その表紙には箔押しが煌めく星のイラストが描れている。 「本当に星が好きなんだ……」 ノートを片手に考える。 このノートを返す時だったら、彼女と話が出来るかも知れない。 その時に自分の名前は昴なのだと伝えてみたら。 彼女はどんな顔を見せてくれるのだろうか。
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