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A long time ago「Ⅱ」
現れた屈強な男の出で立ちは、膝上までの亜麻の衣に、肩から袈裟に厚手の獣の毛皮を纏い、腰には革の太い紐を巻き剣を一本差していた。眼光は鋭く、体は引き締まっている。
「我ら誇り高きイシュリム様の臣下」
「イシュリム?」首を傾げる国王。
「おぉ、聞いたことがございます国王さま。遥か彼方の荒野に、ひとたび剣を抜けば、彼方に立つ巨木さえ、触れることなく斬り捨てる無敵の部族がいると。冗談話と聞き戯れておりましたが、まさか本当にいたとは……」
「イシュリム様とは荒野の闘う神でございます。助けを求められましたな」
「確かに。同盟国のどこも動いてくれぬので四方に助けの遣いを送ったのだが」
「イシュリム様が、しっかりと受け止めました」
「しかし、敵は情け容赦もない恐ろしい軍団。そのものの姿は、とても闘う者には見えぬ。鎧すら身に着けてはおらぬではないか」
「我らには天下無双の剣がございますれば、鎧など無用。その力は後ほど、その目にすることになるでしょう」
「信じて……良いのか」
「むろん。我らは戯れ言を言うために、はるばるここまでやってきたのではございません」
「臣民の妻や子らも、自決の道を取らずにすむのか」
「この世が移り変わり、その力関係がどのように姿を変えようとも、我らは正義を求める民。闘う神イシュリム様の臣下。我らが来たからにはご安心を。半日もかからず決着をつけて見せましょう」
「して、兵力は」王子が問いかける。
「おそよ百」
「百⁉ おまえ、冗談もいい加減にしろ! 敵は万の兵だぞ! 一気に潰すつもりで二万は率いている」
口角泡を飛ばさんばかりの王子の声に、男の顔が怒気を帯びた。
「もう一度同じ話をさせるつもりですか⁉」王子に向けて鋭く指を突き立てる。
「それを知ってここまできた我らだ。今の言葉を気性の激しいイシュリム様が聞いておいでなら、ためらうことなく兵を引くでしょう。帰ってこのありさまを伝えても、闘う価値無しと強く進言することもできる。一度は戻らねばなりませぬからな。我を使いの軽輩と勘違いなさるな」
「いや、待て、すまぬ。無作法をした」立ち上がった国王は縋りつき、王子の非礼を詫びた。
「我らの元へよくぞ来ていただいた。感謝以外にはない。我らは何をすればよいでしょうか」
一度王子を見た男は王に目を戻す。
「いや、何も。手出しは一切無用。高みの見物でもしておればよいでしょう」男が不敵な笑みを浮かべた。
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