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お付きの女
「どなたか好いたお方でもおありですか?」静寂を振り払うようにイエナは口を開いた。
「いえ、そのような方はおりませぬ」
「では、どうしてそうも虚ろなのです」
「口にせねばならぬいわれもございません」そのとき初めて、娘はイエナを見た。
「そうですか。では、そこはご自由にどうぞ」
「ですから、自由に振る舞っております」
「ただ、一言申し上げておきましょう。あなたの心のままに生きることです。無理は心と身体に悪い。こんな話など断ってもかまわないのです」
外から子供たちの声が聞こえる、村ののどかな昼下がりだった。
やがて娘は、張り詰めていた肩から力を抜いた。
「おります」
俯いた横顔はどこか力なく、外からの陽光に照らされた肌をよりいっそう白く見せた。
「ではその方とご一緒になればよろしいかと」
「それは叶わぬのです」娘は小さい声で答えた。
「どうしてです。身分ですか」
「もうこの世にはいらっしゃらないお方だからです」娘の顔はゆっくりと上を向いた。
「そうでしたか。では、諦めなされほうがよろしいかと思いますが」
「諦めてあなた様と一緒になれと⁉」娘はキッとイエナを見た。
「そうは申しておりません。ただ、死せし者は戻りません。ゆえに諦めなされと」
「シェリ!」娘が外へ向かって呼ばわった。
「はい!」すぐに女の声が返ってきた。
「このお方に食事のご用意を」
「はい! すぐにご用意いたします」
「いえ、食事はして参りましたゆえ、おかまいなく」イエナはこの村のしきたり通りの返事を返した。
「シェリ、食事の用意はいらぬ」
「はい!」
すぐに返事が返ってきたということは、やはり支度に走らず様子を見たのであろう。
イエナはその娘に仕える女の声が気になった。凛としていながらも奥ゆかしく。ハキハキとした中にも柔らかみを含んだ優しげな声だった。
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