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払暁(ふつぎょう)
「娘を頼む」イエナの呼びかけに、はい、と背中から声がした。
「このようなことになるとは思いもしませんでした」
風に鳴る葉擦れの音と水のせせらぎが、夜の静寂に生命の音を響かせる。
「平和な荒野でしたのに」シェリの声にイエナは無言で頷いた。
白々と明けゆく空に星のまたたきは溶け込み、暁を払う旭日が、やがて木立を抜けて川面を照らした。
「宵には戻る」イエナはゆっくりと振り返った。
「皆のもの、出陣じゃ!」杖を突き立てたイシュリムの雄叫びに、男たちが気勢を上げた。
「魔物どもに剣の部族の胸を貸してやろうぞ!」
朝日を照り返すイシュリムの姿は、まさに闘う神を思わせた。
「ご武運を祈ります。なによりもご無事で」村の入り口に立つシェリが愁いを帯びた瞳で頭を下げた。
「では、イエナの授かってきたシャメーナの言葉を踏まえてここで待とう」
イシュリムの言葉に従い、村の目前に陣を構えた。迎える総勢二十三人。
魔物を退けるイシュリムの結界は、村の入り口よりおよそ六十間(108m)ほど離れた左前方に設けられた。
木の杭が打たれた四間(約7m)四方ほどの空間の真ん中にイシュリムは座った。
十二人の男たちは村を背に、お互いが離れて半円を描くように座っていた。村に最も近い扇の中心から石積みの入り口までおよそ三十間(約54m)。それぞれの距離およそ四間。
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