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幻惑
二人の男に、駆け寄る姿があった。
「そこをどきなさい! どかぬなら魔物と断じて斬る!」腰を落とし、剣を構えたショナムが叫んだ。
魔物は目の前でしかその姿を現さないというイシュリムの言葉通り、彼らには魔物が化けた女の姿が見えているのだ。
「騙されるな! ここからはなにも見えぬぞ! それは魔物に違いない!」イエナは声を張り上げた。
「いくらなんでも女は斬れない」後ずさる男が首を振った。
「騙されてはならんぞ、女などおらん! 斬って捨てよ!」遠くからイシュリムも声を上げる。
「イシュリム様、女は斬れません!」男は右手の剣を下ろしたままだ。それほど見事な幻惑なのだろう。
男が口を閉じたか閉じぬかの瞬間、その上半身が飛んだ。血を噴き上げる下半身は、まだ上に持ち主が付いているかのようにかくかくと揺れながら大地に立っている。
腹から血飛沫を上げながら離れ飛んだ男の顔は、呆気にとられたようであった。
「違う、違うぞ! 斬りつけてきた!」イシュリムが叫ぶ。血を見た剣の闘士たちの緊張感は一気に高まった。
イリュリムやティエンに聞いた魔物とは明らかに違う。風より早い漆黒の毒を吐くのではなかったか。これが、シャメーナの言う、似て非なるもの、より醜くなりつつある魔物の新たなる姿か。
「ショナム殿! 斬り捨てよ!」ティエンが叫ぶ。
続けざまに隣の男の身体が、頭から股へと真っ二つに裂けた。眼球は飛び出し、大地が一直線に血で染まる。男の身体はぐにゃりと左右に倒れていった。
おのれー! ショナムが走り込み斬りつけたが、それは空を切った。視線を左右に魔物を捜すショナムの息づかいが聞こえてくるようだ。
闘いの端緒で、すでにふたりの男が死んだ。それも剣さえ構えることなく。やはり、かつての使い手のようにはいかないことが露呈した。しかしそれは、魔物がより醜悪なる力をつけた証でもある。これで残るは二十一人。かつての闘いの五分の一。
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