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怒りのイシュリム
「うぬりゃー!」イシュリムが両手でつかんだ杖を高く頭上に上げた。そして、左右に強く引く。
「イシュリムが相手をしてやる!」
杖の中からは、日差しよりも眩く、紅に輝く剣が出現した。
「腐れ魔物どもが!」右袈裟に振り切った剣の先で黒い塊が千切れ飛んだ。イエナは目を見張った。セブナの剣よりも遥かに先で魔物が散ったからだ。
「よくもわしの仲間たちを!」返す剣で左袈裟に振り切った先でまたも黒い塊が千切れ飛ぶ。眼光炯々、口を固く引き結んだイシュリムはなおも進み、剣を振るう。
白い衣と髪が風に乱れ、イシュリムの怒りの強さを強調するかのようだ。いにしえの闘う神がそこにいた。
「イシュリム様、お戻りください!」口々に叫びながら、闘っていた男たちが駆け寄ってくる。結界に座っていた十一人も剣を片手に飛び出してきた。
全員がイシュリムを囲むように剣を構える。イエナもイシュリムを背にして剣を構えた。
「お戻りください!」イエナは叫んだ。
「イシュリム様にもしものことがあれば、荒野の民は滅んだも同じ! お戻りください!」ショナムが哀願の声を上げる。
「お前たち、死ぬな! もう、誰も死んではならぬ!」イシュリムの声に耳を疑った。
闘いに挑めば常に死と背中合わせ。それは覚悟の上。一軍の将の口から出た言葉とは思えなかったからだ。
しかし、不敗不死であればこそ、否が応でも仲間たちの死を多く見てきたに違いない。イシュリムの叫びに肩を震わす男もいた。
「イシュリム様、もう誰も死にませぬゆえ、お戻りください!」肝の据わったティエンでさえうろたえている。
「お戻りください!」
「イシュリム様!」
「お前たち、前を空けよ。もう少し、わしが片付けてやる」イシュリムが静かに口にして、闘士たちをかき分けるように前に進んだ。
「イシュリム様、お願いします……」
怒れるイシュリムを止められるものは誰もいない。
「どうかお戻りください」
駆け寄ったセブナがイシュリムの衣を引く。
「じいちゃん、ここはあたしたちに任せて。じいちゃんが死んだら、みんなが困るんだよ」
セブナの声に首を回したイシュリム。見上げるセブナ。やがて憑き物が落ちたように険しい表情をゆるめたイシュリムは苦笑した。
「そうじゃな」セブナの頭をひと撫でした。そうじゃった。くるりと背中を向けた。
「気を緩めるではないぞ! 死んではならん!」イシュリムは振り向きもせずに檄を飛ばした。
「我が部族の剣の前に、敵はない!」
「はい!」全員の声が揃った。
遠ざかる闘う神の背中は、とてつもなく大きく見えた。
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