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シェリ
「父には私の方から伝えておきましょう。もちろんありのままにではなく」
そのとき娘は初めて、少し微笑んだ。
「よい顔だ。笑顔は自分を、そしてなにより人を幸せにします。よき方がみつかりますように」イエナは腰の小刀に手を添えて立ち上がった。
「余計なお世話でございます」
背中に聞こえる勝ち気な娘の声に、イエナはふっと笑った。
石造りの集会所を出ると、辺りには村人たちのテントが立ち並んでいる。そして左には先刻の声の女が腰をかがめていた。
「日差しの中ご苦労なことです」イエナは声を掛けた。
いいえ。女はうつむいたまま首を振った。両耳の後ろ辺りで二つに編み込んだ、艶やかに日差しを弾く落ち葉色の髪が左右に揺れた。
「亜麻の布は被らぬのですか?」
「出かける時は使いますが、ご用の時は邪魔になりますゆえ」
「名はシェリ殿と?」
はい、女はうつむいたままだった。
「シェリ殿、私のここに先ほどから何かが付いているようで、気になって仕方がないのです」イエナはかがみ込んだ。
「取ってはくれませぬか」
顔を上げた女はしげしげとイエナを見た。女というよりまだ少女の面差しを持ったその白目は青みを残し、くりくりと動く淡い褐色の瞳は澄んでいた。
「これです」
「はい?……」
「これは何でございましょう」
「指の先のものでございますか?」
「そうです。これです」
女は解せぬものにでも出会ったかのように、ゆっくりと小首をかしげた。
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