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幻想か
二日目の朝の闘いが終わり、イエナたちは転がるようにイシュリムの結界になだれ込んだ。
クロンもティエンも他の男たちも、俯せになりあるいは仰向けになり、肩で息をしていた。セブナは、おやすみと大の字になるなり寝息を立て始めた。
「セブナはむろんずば抜けているが、最初は尻込みをしたあの腰抜けスベラの剣も見事なものよ。動きは羽が生えたように軽やかで、振り抜く剣は夜空を切り裂く稲妻のように素早く力強い」
結界の中央に座るイシュリムが感嘆の声を上げた。
昼前に闘うスベラたちは朝の部隊の闘い振りを座って見守るが、疲労困憊のイエナたちは彼らの闘う姿を見たことはなかった。
「お前とやり合っても、きっといい勝負をしよう」
「それはようございました。しかし、やり合いません」イエナは眠りに引きずり込まれながら苦笑した。
クロン……呼びかける声が、イエナの浅い眠りを荒野に呼び戻した。
「お疲れでしょう。あなた様にパンを焼きましたゆえお持ちしました」クロンの妻の声だった。
イエナを粘り着くような眠りが襲う中、ふとおかしなことに気がつく。この闘いのさなかにこの妻御は何をしている。イシュリムはなぜなにも言わぬ。
もしやこの声、クロンにしか届いていないのではあるまいか。自分はすぐ隣に横になっているがゆえに、たまたま聞こえるのではないのか。
イエナは首を傾け薄目を開けた。
見える。クロンの向こう、結界からニ間ほど離れたところにパンを持った妻が腰を落としている。
「起きておるかクロン」イエナはささやいた。
「はい」
「クロン、お前の妻は皆の分のパンまで焼かぬほど薄情者ではないはず」
「はい、確かに」目を閉じて様子をうかがっていたのか、クロンが小さく応えた。
「そもそもパンなど持って、闘いの場にのこのこやってくるのはおかしい」
「どうすれば……」
「斬るか?」
「しかし……」
確かに、いくら魔物であろうとも我が妻の姿を切り捨てるのは容易なことではない。
「では、放っておこう」
「しかし、もしも、もしもあれが本物であったら妻の身が危険にございます」
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