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隊列を戻せ
「嫁にするとは言っておりません。しかし、同じく人間にございます。端女だのそんな女だのというお言葉はおやめになったほうが良いかと思います」
「わしに向かって説教か」
「どう受け取ろうとけっこうですが、父上はどうでしたか?」
シビルは怪訝そうな顔でイエナを見た。
「わしがどうした」
「これは血でございましょうか」
「血?……」
「血です」
しばらく黙り込んだシビルはあごを掻いたりしていたが、やっと理解したように破顔した。
イエナの母も、違う村の何の変哲もない娘であった。シビルが気に入り何度も足を運んだと母に聞いた。
「隊列を戻せ」シビルが命じる。
「その娘に会いに行こう」
「それはなりません」イエナは左手を広げて制した。
「どうしてじゃ」
「さまざまな方に恥をかかせましょう」
「では、お前ひとりで行ってこい」シビルは腕をぐいと振り回す。
「いえ、それは後日にいたしましょう。縁があればその日もやってこようかと」イエナはラクダを前に歩かせた。
「縁か、お前はまったく力むということをせぬ男よの」
荒野に陽が傾き始めていた。
「ものごとを動かすのはすべて時にございます。満ちれば滑らかに動き、満ちねば押せども引けども動きますまい」
「いったい誰に似たのか、お前は妙な理屈を言う」
「似ているのが父上でなければ、母でしょう」
「そうか、ま、そういうことにしておけ。お前いっそのこと僧にでもなれ」
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