7人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
残夢に揺蕩う
どこからだろう。
私の、そして母の人生が狂い出したのは。
母の表情が乏しくなったのは、思えば祖母の葬式あたりからだろうか。
その頃から、ぽっかりと穴が空いたかのように、母の内側にある何かが掻き消えたような気がする。
私が小学生だった頃、祖母が亡くなった。
そして、私が中学生に上がる頃には私の苗字が山田から、母の旧姓である小野寺に変わっていた。
「子は鎹」という格言があるが、母にとっては祖母がその鎹だったのだろうか。
祖母の死を境に母は沈みがちとなり、かと思うとふとした瞬間、烈火の如く感情が吹き出すようになった。仕事で夜中遅くに帰る父と、よく口論していたのを覚えている。
母を中心にして家の雰囲気に違和感が漂い始めてから、母と父が離婚するまでは早かった。
近所の喫茶店で父から離婚することを告げられ、これからどちらと一緒に暮らしたいか尋ねられた。そこに母の姿はなかった。
私は母が心配で、母についていくことを決めた。
いや、それだけではない。
変わってしまった母を支えてくれるだけの度量がない男だと、仕事しか能のない冷徹な男だと、幼いながらに父に見切りをつけたのだろう。
何かと手のかかる妹は少しおかしくなった母に怯えていたのだろうか、父についていった。その気持ちも理解することができた。
質素な賃貸マンションに2人で暮らすようになってから、母が妄言のような呟きを繰り返すようになった。
「お母さんは薬で殺されたのよ」
あるときはソファの上で無表情に、あるときは寝室で咽び泣くように呟いていた。
ーー薬に祖母が殺された。
繰り返し唱えられるその言葉を、私はまるで呪いの言葉のように受け止めた。それは今でも私の脳漿にこびりついて離れない。
そして、その言葉さえ否定できれば祖母が亡くなる前の明朗とした母が帰ってくるのではないか。
その頼りなき希望を胸に私は今に至るまで生きている。
※
最初のコメントを投稿しよう!