残夢に揺蕩う

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残夢に揺蕩う

どこからだろう。 私の、そして母の人生が狂い出したのは。 母の表情が乏しくなったのは、思えば祖母の葬式あたりからだろうか。 その頃から、ぽっかりと穴が空いたかのように、母の内側にある何かが掻き消えたような気がする。 私が小学生だった頃、祖母が亡くなった。 そして、私が中学生に上がる頃には私の苗字が山田から、母の旧姓である小野寺に変わっていた。 「子は(かすがい)」という格言があるが、母にとっては祖母がそのだったのだろうか。 祖母の死を境に母は沈みがちとなり、かと思うとふとした瞬間、烈火の如く感情が吹き出すようになった。仕事で夜中遅くに帰る父と、よく口論していたのを覚えている。 母を中心にして家の雰囲気に違和感が漂い始めてから、母と父が離婚するまでは早かった。 近所の喫茶店で父から離婚することを告げられ、これからどちらと一緒に暮らしたいか尋ねられた。そこに母の姿はなかった。 私は母がで、母についていくことを決めた。 いや、それだけではない。 変わってしまった母を支えてくれるだけの度量がない男だと、仕事しか能のない冷徹な男だと、幼いながらに父に見切りをつけたのだろう。 何かと手のかかる妹は少し母に怯えていたのだろうか、父についていった。その気持ちも理解することができた。 質素な賃貸マンションに2人で暮らすようになってから、母が妄言のような呟きを繰り返すようになった。 「お母さんは薬で殺されたのよ」 あるときはソファの上で無表情に、あるときは寝室で(むせ)び泣くように呟いていた。 ーー薬に祖母が殺された。 繰り返し唱えられるその言葉を、私はまるでの言葉のように受け止めた。それは今でも私の脳漿(のうしょう)にこびりついて離れない。 そして、その言葉さえ否定できれば祖母が亡くなる前の明朗(めいろう)とした母が帰ってくるのではないか。 その頼りなき希望を胸に私は今に至るまで生きている。 ※
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