王子様は引き止めたかった

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王子様は引き止めたかった

 言われたことは何でもやったし、その期待にはしっかり応えてきた。  多くを望まず、欲もなく、来る者を拒まず去る者を追わず……  それが生まれた瞬間から自分の未来を決められていた僕、コーディ・ヒューバートの今までの姿だ。  けど、僕は君に、レギーナ・モンクリーフという魔法族に出会ってから、変わった。  当たり前に感じてる一生は、本当はかけがえのないドラマばかりなのに……  そのことに、僕は君に出会えていなかったら、きっと気付かなかっただろう。  そして、いつしか僕はレギーナへの気持ちにも変化が訪れた。  多くを望まない僕が君に笑っていてほしいと思うようになり、欲のない僕が君と離れたくないと願うようになり……  来る者を拒まず去る者を追わずだった僕が、君の姿をいつだって捜すようになった。  君に心を奪われたと気付くのに、時間はいらなかった。 「レギーナ。僕、君にこの先もずっと隣にいてほしいんだ! 必ず、世界中の誰より幸せにするから、僕の手を取ってくれないかな……?」  二年前の冬が終わる頃に、僕は震える手を差し出し、君に思いを告げた。  このまま自分の心臓が爆発してしまうのではないかと思うほどだったが、その時の僕は本当に必死で、レギーナのことを誰にも盗られたくない一心だった。   「……コーディ、ありがとう」  君は僕の手を取り、今までにないほど優しい声で呟いた。  思わず顔を上げたが、その苦しそうなレギーナの顔を目の当たりにし、次の言葉が僕のほしいものではないのだろうことを、僕は察してしまった。 「本当にありがとう。気持ちは、すごく嬉しいし……」 「じゃあ、何で受け取ってくれないの」  質問するでもない、問い詰めるような責めるような言い方になってしまった。  言葉を僕にキツい口調で遮られた君は驚いていたけど、一瞬でまた苦しそうな表情に変わり、僕の手を離した。 「私ね、生まれた時から一緒だった幼なじみの男の子がいたの。初めて魔法を覚えた時も、初めて空を飛んだ時も、本当にずっと一緒だったの」 「……それ誰? というか、何で、全部過去形なのさ? あ、そいつのことが好きとかそういう……」 「好きよ。病気で死んだけど、六十年経った今でも変わらず、好きよ?」  正直、その時の僕は振られたショックとイラつきで余裕がなく、結果的に君の気持ちを考えられず、最低な言い方になってしまった。  だから、君の言葉を聞いて僕は自分の失態に気付き、慌てて顔を上げて謝ろうとしたのだけど…… 「まあ、初恋は特別だけど、それが理由ってわけじゃないよ? 他にも、種族同士の問題とか、寿命とか……必ず、人間の方が先に死ぬでしょ? またこんなに寂しい思いをするなんて、正直二度も耐えられる自信がないの……ごめんね」  君の言葉は、僕の謝罪を望んでいるわけではなく……ただただ、僕の気持ちを受け取ることはできないという遠回しの拒絶だった。  僕達人間は、絶対に魔法族よりも先に死ぬ。  これは努力なんかでどうにかなる話ではなく、変えられない残酷な現実。  それを理由にされ、困ったように笑う君をこれ以上困らせることも当時の僕にはとても恐くて、何も言えなかった。  *** 「黙って行くって、最終手段だね?」 「え、コーディ……!? まだ、太陽が出る前だよ!?  どうして……」 「その言葉、そっくりそのまま返すよ」  突然に目の前に現れた僕の姿に、レギーナは心の底から驚いていた。  昨日の僕の部屋での話し合いは決着が着かずで、夜も遅いし、また朝に話し合おうと解散した。  その結果が、日の出前の真っ暗闇に紛れてこっそり王宮を抜け出し、君は戦地に向かおうとしていたという僕の予想通りの展開だった。 「わ、私は! あの、散歩に……」 「下手な嘘はいいから。どうして、魔法戦争なんかに行きたがるのさ」 「あ、だから、みんなのことを……」 「守るなんてどこでもできるよ。ここで僕達と一緒に王国を守ってよ」 「それはそうかもしれないけど……」  冷静に穏やかに、レギーナの気持ちを聞き出して引き止めようと思った。  けど、僕はやっぱり君のことになると普段の冷静さを失ってしまう。  普段あれだけ白黒はっきりつけたがるくせに、あまりに煮え切らない君の返事に僕はイラついて……   「死にに行くのか?」 「え……?」 「初恋の男のとこに行くために、君はわざと死ぬために戦地に行くんだろ」  気付いた時は、そんなことを僕は口走ってしまっていた。 「コーディ、何を……そんな違うよ! 私はみんなのこと大好きだから……」 「本当に好きだったら、僕達が苦しむようなことするかな? レギーナ、結局のところ、君は自分が一番大事なんだね」  自分勝手だとは思うけど、僕の言葉に傷ついた君の表情に、僕はまるで心臓をえぐられるような感覚を覚えた。  違う、僕はこんなことを言いたかったわけじゃないのに……  昨日の夜、君が目の前から消えるって考えただけで頭が真っ白になって、何かを言いたいのに言葉が出てこなくて……  けど、このままじゃダメだ、レギーナのことを引き止めなきゃと思って、僕はここに立ったはずなのに……   「君にはガッカリだよ」  僕の口から出てくる言葉は、本音とは真逆の残酷なものばかり。 「……どうしたら、信じてくれるの?」 「生きて戻って来たら、信じるよ」 「わかった……」 「まあ、そんなこと無理だろうけどね」  最後の僕の言葉に対して君は何も反応を示さず、そのまま空を飛んで行った。  それが僕と、魔法族のレギーナ・モンクリーフとの最後の会話だった。
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