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ジャカランダが満開に咲く
戦地から帰って来たのは、レギーナの紫のとんがり帽子だけだった――
「レギーナ・モンクリーフは、人間と魔法族を繋ぐ架け橋となってくれたかけがえのない存在でした。もし、彼女が存在しなければ、今日この場に私達が集うこともなかったでしょう」
大聖堂に響き渡る大司教の言葉は、この場のどれだけの者に届いたのか。
レギーナの葬儀は大々的に大聖堂で行われることになった。
王族以外の結婚式や葬儀で、大聖堂が使われることは異例中の異例だ。
けど、しょうがなかった、レギーナの葬儀は大聖堂に入り切らない国民が外に長蛇の列を作るほど、我が王国にとっての大きな出来事だったから。
「レギーナ……嫌よ、レギーナ……!!」
父と母に支えられながら、ミカエラは彼女の名前を呼び続ける。
妹はレギーナの一報を聞いてから、ほとんど何も口にせず、部屋からほとんど出ず、喋ることもしなくなった。
来る日も来る日も泣き崩れる妹は、憔悴しきってしまっていた。
「うわあああああああ!!!!」
トレヴァーは叫んだ、涙を流し、大聖堂の天上に向かって叫んだ。
レギーナの一報を聞き、トレヴァーは暴れまくって、一時期は屋敷から外出を禁止されるほどの騒ぎだった。
そうでもしないと、戦地に君を捜しに行くと言って聞かなかったから……
「クソッ……こんな世界に、意味なんかあるのか!!」
頭を床につけ、何度も拳を叩きつけてクレイトンは静かに泣いていた。
クレイトンはレギーナの一報を聞いた瞬間に、屋敷に閉じこもって何日も睡眠をとらずに魔法を……死者を蘇らせる魔法を調べ尽くした。
けど、調べ尽くしたせいで、そんな魔法が存在しないと知り、最後は過労で倒れてしまった。
「彼女は私達の友人として、永遠に生き続けるのです」
そう言って、レギーナの紫のとんがり帽子に大司教は祈りを捧げる。
結果的に我が王国は、隣国との魔法戦争に勝利した。
その勝利の決定打を下したのが、レギーナだと魔法族の誰かが言っていた。
レギーナは戦地で、自分の中の魔力を出し切ってしまう禁断の呪文を唱えた。
レギーナの中の強大な魔力が一気に解き放たれたことにより、隣国の魔法族が恐れをなして逃げ帰ったことで魔法戦争の勝敗が決まったのだとか……
逃げ帰った理由は圧倒的な力を目の前にして、自分達の無力さに絶望したのだろうと……
そのおかげで、今回の魔法戦争で我が王国の魔法族は誰一人として、命を落とした者はいなかった。
そう、レギーナの生死は遺体が見つかっていないこともあって、まだはっきりしてらいないが、彼女が消えてしまったことは事実。
何より、禁断の呪文を使ってレギーナの魔力が完全に消滅したと考えられることから、その状態で生きて帰ることは絶望的だと思われた。
そして、今日で魔法戦争が終わったあの日から六日が経過したことも、彼女の生死を裏付けるようなものとなった。
彼女の魂は、王国を救った伝説として丁重に埋葬されることになるだろう……
「君のことを思ってみんなが……王国が泣き崩れているよ」
大聖堂に響き渡る人々のすすり泣く声の中に、僕の言葉は消えていく。
僕はそのまま大聖堂を抜け出した。
***
大聖堂を抜け出した僕は、レギーナとよく訪れた、ジャカランダの木の下に馬を走らせてやって来た。
僕は満開になったジャカランダの木を見上げて、目を閉じて思いを馳せる。
君と出会ってから毎年ジャカランダが咲く季節には、二人でここを訪れた。
何とも思っていなかったこの紫の花を愛しく思うようになったのは、君の髪の色と同じ色だからだったな……
「やっぱり……生きて帰って来るなんて無理だったじゃないか」
静かにそう吐き捨てると、僕はジャカランダ木に背を預ける。
僕は君の一報を聞いてから、なぜか泣けなかった……そんな僕は相当往生際が悪いと思う。
僕は君がもうこの世にいないということを、認める勇気もなかったんだ。
けど、今僕の隣には誰もいなくて……
君と出会ってからこのジャカランダの木の下を訪れる時は、いつも君と一緒だったのにね?
――「私、この花にふさわしい生き方をしたいな!」
君はよくそう言っていた……ジャカランダの花言葉は、栄光と名誉。
僕がジャカランダはレギーナみたいだと言うと、君は照れたように笑ってそう言っていた。
僕は、ずっと、このまま死ぬまで君を好きだと思うよ……
「……レギ……ナ……!!」
君がいなくなったこの、ジャカランダの木の下で僕はようやく泣いた。
目を閉じると思い出す君の笑顔、全ての思い出が僕の涙をさらに溢れさせた。
「ごめ……!! なん、で……僕は!!」
後悔してもしきれず、僕の溢れる涙は止まらなかった。
このまま涙が枯れて体が乾涸びてしまえしまえば、僕は君の今いるところに行って謝れるだろうかなんて、バカなことさえ考えた。
どうしてかな、誰より大切な君との最後の会話が、君を傷つける言葉になってしまったんだろう。
君が愚かすぎるほど優しくて、自己犠牲の塊だってことぐらい、僕が一番わかっていたはずなのに……
そんな君だから、あんなにみんなが愛して、みんなが涙を流したのに……
「死ぬべきは僕だったよ……!!」
あの繋いだ手を、離さないでいられるチカラが僕にあれば君は死なずに済んだろうか?
運命という言葉で語れない物語がこの世界にはいくつもあるけど、君が境界線を超えたことは、運命だった。
その運命を僕は最悪な言葉で、壊してしまった……
「うあ……あ……レギーナアアアアアアアアアアアアアアア!!」
どんなに後悔しても、謝れる相手はこの世から消えた……はずだった。
「そんなに大声で呼ばなくても……聞こえてるから……ハア、ハア……」
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