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春香の野望
『先ずは一人友達を作るのだ!』
中学生の頃から伸ばしていた重い黒髪をばっさり切り落とし、洗面所の鏡を見ながら前髪を整えた後、桜井春香はギュッとこぶしを握った。
この春、地元の知り合いが全く居ない大学に入り、心機一転し新しく生まれ変わろうと決意したのだ。
「春香ちゃんて少し変よね?」
小学生時代の友達の何気ない一言は春香の心をえぐった、実は『自分でもちょっとだけ変かな〜?』と思っていたから。
幼稚園児だった時はみんな「すご〜い!」とか「はるかちゃんお願い!」なんて逆に頼りにされてたりもしたのに、それからの春香は空回りの連続だった。
友達の誕生日をサプライズで祝おうとしたときも、体育祭でダンスの練習で帰りが遅くなってみんなで帰ろうとした時も、イジメられていた訳ではないが中学生になってからも空回りは続き、周りのみんなに何かよそよそしい雰囲気が漂っている事に気付くと自分から誰かに話しかけるということも無くなった。
傍目には仲が良さそうに見えても、持って生まれた自分の性と云うものが、他人には理解できないものだと知ってから、自らもその事を覆い隠すように生きてきたのだった。
誰も知らない場所でいちからやり直す!そう決意して高校生活に臨んだが敢え無く失敗、今度こそと意気込んでこの大学に入ったのだが、自分から誰かに話しかけるという事を忘れてしまったのか、四月も半ばになるというのに誰とも話せないでいた。
出身高校や県が同じ、サークルが同じ、趣味が同じ、クラスの大半が次々とコミュニティを形成してゆく中、春香は焦りを覚えた、雑誌の切り抜きのようなファッションやメイクをした女子とは話が合いそうに無い、ステレオタイプな陰キャな感じの女の子にも出来れば近づきたくない、そもそも陰キャを脱却したくてこの大学を選んだのだ、だがしかし、いくらなんでも見た目がチャラいのは元より男子に声をかけるのもどうかな〜?とか思っていると、一人だけ他の生徒と雰囲気が違う男子生徒が居ることに気が付いた。
その男子生徒は週にひとコマだけ講義室の後ろにポツンと座っていた、他の生徒と会話するわけでもなく、かといって熱心に授業に集中しているわけでもなさそうだ。
『ひよっとして上級生?』
他の授業は知らないけど一人ぼっちみたいだし、歳が上の人なら私が少しくらい変でも大目に見て接してくれるかも?
「よし!手始めにあの人と友達になろう!」
そう決意した春香は授業の後コソコソ帰る男子生徒の後を付け、住んでいるアパートを特定したのだった。
まぁアパートを特定しただけで声を掛けるまでは至らなかったけど明日は木曜日、午後いちの授業はあの男子生徒が現れる唯一の授業だ、さりげなく隣に座ったら何気なく話しかけてみよう、とアバウト過ぎる計画を立ていつものコンビニで買い物を済ませた後、あの男子生徒が外でタバコを吸っている現場を目撃した。
『あわわ、ど、とうしよう?話しかけようとは思っていたけど、こんなところで見かけるとは心の準備が…ってまてよ?授業中だとおしゃべり出来ないし逆にチャンスなのでは?』
『そうだよ、今話しかけといたら明日の授業の時に自然に隣に座れるじゃない?』
「ね、ねぇキミ、他の授業で見ないけれど、ひ、ひょっとしてダブり?」
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