プロローグ

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プロローグ

「いい加減にあきらめて!」 「あきらめられない! 僕たちは絶対にやり直せるはずだ!」 「弁護士からの警告を見たでしょう?」 「あんな紙切れ、僕たちの愛の前では無力さ! 君は永遠に僕のものなんだ!」 「私はモノじゃない! それにもう、あなたなんて愛して無いの!」  203x年1月、わたしは目の前の男、タカシ――元カレからストーキングを受けていた。  私は外で働きながら、けれども引っ張っていってくれるような男性が好みだ。タカシはそう見えた。SNSで知り合って、つきあいはじめた頃は優しかった彼だったが、1か月ほどした頃から態度が急変。 「女は家にいるべき」と、自分の理想を押し付けて、私を家に閉じ込めようとするのに嫌気が差し、別れ話をした途端、彼はストーカーと化したのだ。  家も引っ越したのに探し当てられ、別れてから1年経っても毎晩のように復縁を迫られる。  ついには弁護士に相談し、警告文書を送っても態度は変わらない。  私はもう限界だった。夜もろくに眠れず、仕事はミスばかり。新しい彼氏を見つけることもままならない。  仕方なく私は、警告文書を作ってくれた弁護士に、裁判所による法的な救済を依頼することにした。202x年にさらに厳しく改正されたストーカー規制法と刑法が、彼を止めてくれるだろう。  裁判所で彼は「ミサキは俺の彼女なんだ!」と、繰り返したそうだ。しかしその主張が通るはずも無く、彼には1年間つきまとい禁止の処分と、違反した際の罰則もつけられた。  私のところには、裁判所から判決文の謄本(とうほん)(本文を謄写(とうしゃ)したもの)とともに、一錠のカプセルが届いた。  できればこのカプセルは使いたくないが、これで救われる……、と思った。私はそれを肌身離さず持ち歩いた。  元カレのつきまとい行為もようやく落ち着き、3か月後には新しい彼氏もできた。 「俺がついていれば大丈夫だよ。安心して」  私の理想に近い、優しくてたよりがいのある彼氏だった。それでいて、私が仕事をしながら結婚することも許してくれて、ほどなく同棲(どうせい)することになった。 「今夜は遅くなりそうだからレトルトでいい?」 「えー、せめて簡単なものでいいから作ってよ」 「仕方ないなー」  ちょっとわがままだけど、そんなところも魅力に思えた。お付き合いを始めて半年後には、婚約をし、3か月後に結婚することになった。披露宴の場所も時間も、彼が決めてくれた。  その頃、市内の結婚式場では入口に掲げられた予定表を見る、怪しげな男が度々目撃されていた。念の為と式場では警戒を強めていた。  そして迎えた結婚披露宴。まさかあんなことになるとは、この時はまだ、夢にも思わなかった。
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