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 バトラーは俺に視線を向けると、いよいよ苦渋の表情を滲ませた。 「それがふたつ目でございます。現在、ご主人様は軍警察に国家の私物化、暗殺の指示など多数の罪状で身柄を拘束され、釈放される目処(めど)は立たない状態でございます」  令嬢はバトラーの胸元を乱暴に締め上げる。 「なんですって! 国の要人に対しなんてことを! 私がお父さまを救ってみせるわ、閣僚と会社の役員を、ただちに招集なさい!」  バトラーは、令嬢の腕を取り自分の胸から丁寧に引き剥がす。 「それが出来ないのでございます。国は既に皇太子様に率いられた軍の無血クーデターにより掌握され、政府は停止。議会も解散いたしました。財閥は解体され、分社独立の手続きを進めております。お屋敷をはじめ、お嬢様にはもう残されておりませんので」 「嘘!」 「嘘ではございません。(わたくし)もお暇を頂き、故郷(いなか)に帰るご挨拶に参った次第です。――それでは、どちら様もごきげんよう」  目を見開き呆然と立ち尽くす令嬢を残し、バトラーはとぼとぼと道路へ出て、タクシーを拾い何処かへと去った。    残された俺達は、まだ日の昇らぬ薄暗闇の港に佇む。 「なんで。なんでこんなことになるのよ……」  俺は、俯き小さく肩を震えさせる令嬢に向け一言、言葉を残した。 「俺と――行くか?」 「私のこと嗤いたいんでしょ。さぁ嗤いなさいよ……」 「俺こそ……」  俺こそ大馬鹿者だ……。  俺は遠慮がちに差し出した手を下し、返事のない令嬢に背を向け歩き始める。――潮によって荒れはてた俺の手を、柔らかな女の手が強く握り締めた。 〈了〉
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