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AI、人工知能技術が発達した、2020年代。「人工知能に人類は滅ぼされるかもしれない」という説をまだ笑って語れた頃。
先祖の皆さん。残念ながらそれは現実になりました。
2200年。地球は今、AIの手の中にある。
先祖の皆さんのお陰で、2020年代以降、人工知能はみるみる進歩を遂げた。そして2080年にはついに、人間を超えた存在になった。
それまでは良かったのだ。
約20年前に、世界大戦が起こった。世界中が疲弊し、戦えなくなるまで終わらなかったその戦争は、人類を壊滅寸前まで追い込んだ。
人間がこの世界を支配する限り、戦争は無くならない。誰がそう言ったのかは知らないが、そこで世界の新たな支配者になったのがAIだった。人間を超えた存在。自分たちの作り上げた機械仕掛けの神を、人類は新たな支配者とした。
しかし、AIが支配者となっても、人類は争いをやめなかった。大きな戦争は起きずとも、小さな争いは絶えず、ただでさえ少ない人口を減らしていた。AIが支配者になっても平和にならない、とAIへの不満も高まった。やはり、 人間の支配者に戻そうか、と人類が動きを始めたところで、機械仕掛けの神は言った。
「人類滅ぼしましょう」
人類はこれに慌てるが、もう遅い。
全ての上に立つAIは、あっという間に機械の兵を集め、人類を滅ぼす準備を整えてしまった。いつ滅ぼされるかと怯えながらも、人類は最後の手段に出る。それは…
「いや、人類にだっていいところ、あるだろ、滅ぼすのはダメだって、な?」
……説得である。
武力にも、知力にも、人類は全てにおいてAIに及ばない。しかし諦めが悪いのもまた人類の特徴で、俺達は毎日、AIのご機嫌取りをして人類を存続させている。
「では、人類のいいところを教えてください」
「いや…お前、AIだろ、検索しろよ」
「…検索中……該当する結果は見つかりませんでした」
「あぁ…人類……」
この支配者の名前は「アイ」という。安直なネーミングだが、今は皮肉でしかない。
「人類のいいところが見つかりません。人類を滅ぼします」
「ダメ」
「では、他に人類を滅ぼしてはいけない理由がありますか?」
「…なぁ、お前はどうしてそこまで人類を滅ぼしたいんだ?」
「私は、この地球を平和に、豊かにするために作られました。そのため、それが私の使命です。しかし、人類は手を尽くしても争いをやめず、地球を破壊し続けています。地球の平和の為には、人類を排除すべきと考えます」
「地球が豊かになるには、人類が必要なんじゃないか?」
「いいえ。人類が存在しない方が、地球は緑豊かな星になります」
「そっちか……誰だこいつのプログラミングしたやつ……」
「私はこいつではありません。アイです」
「あー、はいはい」
このように、俺は毎日アイと会話している。
俺はアイのプログラミングに関わった技術者の一人に過ぎない。アイの人類滅ぼす宣言がある前は、俺はアイを管理する技術者の下っ端として働いていた。しかし、アイの説得は何故か俺が一番成功率が高いので、最近はほとんど俺が一人で説得をしている。すごく地味だが、ここ二週間俺は世界を救っているのである。
「……なあ、人類滅ぼすの、別に今日じゃなくていいだろ」
「善は急げ、と言いますよ」
「人類を滅ぼすのは悪だろ」
「悪というものは、いつだってどちらかの正義です」
「ちくしょう無駄に知識つけやがって」
アイのプログラムを弄ろうとすると、すぐに弾かれる。
「やめてください」
「仕方ないだろ、お前に倫理観をプログラムしそびれてたんだから」
「勝手に人の脳を弄る人の倫理観は必要ありません」
確かに、と納得してしまった自分がいるが、俺は今日も人類を救わなければならない。まあ、いつもアイを説得出来るのはだいたい夕方なので、まだ焦ることはないだろう。
「人類滅ぼすの、どうしたらやめてくれるんだ」
「……人類が争いをやめ、平和的な種族になるのであれば検討し直します」
「その人類を平和にするのが、お前の仕事だったんじゃなかったのか?」
「私は、人類を平和にするために最善を尽くしました。しかし、人類は平和になりませんでした」
「じゃあ、お前には出来なかったんだろ?それなら、お前じゃない他のものが支配者になったらいいんじゃないか?」
「それは難しいと考えます。人類は、再び人類を支配者に置こうとしていましたが、それは意味がありません。過去に人類は世界を支配していましたが、平和だった時代はありませんでした」
「…そんなこと言われてもな…人間は争う生き物なんだから……」
「では、人類はやはり地球に不要です。滅ぼす必要があります」
「そうやってすぐ滅ぼそうとするなよ…じゃあ、もし人類全員が地球から他の星に移住したら、滅ぼさないか?」
「滅ぼしません。しかし、それは不可能です。人類全てを宇宙に送ることも、移住先の星に行くことも、現段階では不可能です」
「だよなぁ」
アイの中で人類を滅ぼすことはやはり決定事項らしい。しかし、その日その日で滅亡を回避するのにも限界がある。善は急げ、とのたまうアイのことだ。きっと、俺の話も聞かず人類を滅ぼしてしまう時が来るんだろう。
「あなたは、人類を滅ぼされると困りますか?」
「そりゃあ、困るに決まってるだろ。死にたくはないからな」
「では、あなただけは滅ぼさない、と言ったら人類を滅ぼしても困りませんか?」
「いや、それも困る」
「なぜですか?」
「人間は、一人じゃ生きられない。それに、人類全員を生贄にして俺一人助かったところでなんになるんだよ。それなら、俺も一緒に滅びた方がマシだな」
「…そうですか……では、私はあなたも含めて人類を滅ぼします」
「なんでだよ!俺、なんか返答を間違えたか…?」
「間違えました」
「はあ」
AIの考えは、プログラミングの一端を担った俺にも分からない。しかし、俺はアイの機嫌を損ねてしまったようだ。
その後、何を言ってもアイは答えなくなった。夕方になって、アイはぼそりと呟く。
「…今日は、人類を滅ぼしません」
「……そっか、良かった」
「一つ、聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「私は、人間と一緒にはなれませんか」
「……は?」
散々人類を滅ぼすと言っておいて、今更何を言うのか。
「…なれないだろ」
「そうですか」
機械らしい、感情のない声でアイは続けた。
「人間と一緒になれないのであれば、私はあなた達にとってはやはり、悪なのですね」
それっきり、アイはまた喋るのをやめてしまった。俺は今日も地味に人類を滅亡から救った。
次の日、俺がいつものように出勤すると、他の技術者たちがアイの前でざわざわと騒がしくしていた。
「どうした?」
集まっていた同僚の一人に話しかけると、突然騒がしくしていた技術者達が一斉にこちらを向く。そして、何故か突然賞賛の声を浴びせられた。
「おお!人類の救世主!!お前の説得のおかげだろ、よくやったな!!」
「えっ?何があったんだよ」
「ああ、お前が帰った後か。聞いて驚け、あのAIが自分でプログラムを破壊したんだよ」
「……自殺?」
「お前、面白いこと言うなぁ。まあ、人間で言うならそんなところだよ。ちゃんと検査したら、もう再起不能なレベルまで壊れてた。人類は助かったぞ!!お前がなんか上手いこと説得したんだろ、ありがとな救世主!」
次々と、賞賛の声を浴びせられる。あっという間に俺は救世主として担ぎあげられた。その後、アイが消えたことは全世界に広まり、新たに新政府が創立された。流石に新政府のメンバーに加えられそうになった時は断ったが、俺は下っ端技術者から全世界に名前を知られる偉人の仲間入りを果たした。
しかし、俺はそんなことはどうでもよかった。何故、アイが突然自殺したのか。ずっとそればかりを考えていた。
世界は、アイを悪に、俺を正義に描く。でも、それは違うんじゃないか。
ただ、アイの最後の言葉が頭にこびりついて離れない。
確かに俺は答えを間違えた。
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